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2008-09-11

山川草木に合掌

わたしは元来、胃が弱く正露丸が離せなかった。

ラッパ印の正露丸がいつも台所の引き出しの中に入っていた。Kurinoki20080911bb

それを飲んで仕事に出かける事が多かったのである。

家内はそんなわたしの姿を、<また薬なの・・・>と心配そうに見ていた。

わたしの胃弱は母からの譲り物かも知れない。

思い返すと、毎日多忙な母にとって正露丸なしの生活は考えられないほどであった。

わたしも仕事の多忙さとストレスの中で正露丸依存症になりかけていたのかもしれない。

そんなわたしが今では殆ど薬を飲まなくなった。

何故だろう。

それは現役を退いて、田舎に移ってストレスがなくなったからではないかと思う。

わたしはもともとは田舎生まれである。Kyuurinohana20080911cc

生粋の都会人ではないのである。

だからいまは古巣に帰ってきたような気持ちがする。

周囲には山と川があり緑の自然に満ちている。

温度も都会と比べると2-3度は低い。

早朝、家のまわりをゆっくりと歩く。

霧のかかった山を見上げ、庭の木々や草花を見る。

秋ジャガイモの植わった小さい畑を良く観察する。

プランターのミニトマト、ナスビやキュウリに水をあげる。

夕方、庭をまわっているとそこここに赤とんぼが飛んでいる。

なつかしい。

少年だった頃に戻ったみたいである。

あの頃は数え切れないほどのたくさんの赤とんぼが稲田の上を飛んでいた。

佐々木小次郎のまねをして、竹棒を振り回しトンボを追いかけていたのを思い出す。

昨日は久しぶりの快晴である。

夜暗くなって、庭に出てみると澄んだ空にお月様が出ていた。

半月である。Higanbana20080911aa

あたりには虫の音がきこえる。

早速、双眼鏡を持ち出してお月様を見た。

半月の光と影の境目に大きなクレーターが輝いているのが見える。

月のすぐ横に宵の明星、金星が瞬いている。

夜の星を見上げたのは久しぶりである。

田舎ではまだ山や川や草木や星が生きている。

その片隅に生きている小さな自分がある。

虫の音だけがあたりいっぱいに響いている。

わたしは双眼鏡を首にかけたままいつしか月に向かって手を合わせていた。

2008-09-08

ジョージ・ギッシング

本屋さんで岩波文庫の棚の本を何気なく見ていると奇妙なタイトルの本があった。

ヘンリ・ライクロフトの私記>。Kakinoha20080904aa_3   

さっそく手にとってペラペラとめくって拾い読みをした。

<私は新しい生活へはいっていたのだ。それまでの私と、その生まれ変わった私との間にははっきりとした相違があった。わずか1日のうちに、驚くほど私は成熟していた。いわば、知らないうちに徐々に私の内に生長していた力や感受性を、私は突然はっきりと知るにいたったのである。その1例をあげるならば、それまで私は植物や花のことはほとんど気にもとめていなかったが、今やあらゆる花に、あらゆる路傍の草木に、深くこころをひかれる私であった。歩きながら多くの草木を摘んだが、明日にも参考書を買って、その名前を確かめようと考え、独りで悦にいっている私であった。事実またそれは1時の気紛れではなかった。そのとき以来、野の草花に対する私の愛情と、それらを皆知りつくしたいという欲望を失ったことはないからである。当時の私の無知ぶりは今から考えると真に恥ずかしいものだったが、要するに、都会に住んでいようが田舎に住んでいようが、とにかく当り前の人間のごたぶんにもれなかっただけの話である。春になって、垣根の下から手当たり次第に摘んできた5、6種の草の俗名を、はたして幾人があげることができようか。私にとっては、花は偉大な解放の象徴であり、驚くべき覚醒の象徴であった。私の目が突如として開かれたのである。それまで真っ暗闇の中を私は歩いていたのだ、しかもそのことに気がつかなかったのである。・・・>

わたしは驚いた。

それはわたしが体験してきた事ではないか。

急いで他のページを拾い読みする。

<”家”をもつということの、なんといいいようのない祝福感!30年間も想像をたくましくしてきたものの、いつまでも”わが家に住める”という安心感のうちに、なんというしみじみとした豊かな喜びが潜んでいるかということは、ついぞ私には理解できなかったものである。・・・われわれがわが家にすむとき、近くにあるあらゆるものに対していかにわれわれの愛情がわいてくることであろうか。私はかねてからいつもデヴォン州のこの1隅をいとおしく思っていたが、現在日1日と私の心のなかで強くなってゆく愛情と比べたらそれはものの数ではない。まずわが家だが、その1本の木、1個の石も、自分の1滴1滴の血のように親しみ深く感じられる>。Akijyagaimo20080904cc_3

これも、わたしが感じている事である。 

誰だろう。

この文章を書いたのは。

すぐに著者名を見る。

ギッシング作。

イギリス人らしい。

わたしは取りあえずすぐにその本を買い、急いで帰宅してインターネットでギッシングについて調べてみた。

ジョージ・ロバート・ギッシング(George Robert Gissing、1857-1903年)。

夏目漱石が生まれたのが1867年。

つまりギッシングは夏目漱石より10才位若いということになる。

という事は夏目漱石が学んでいたヴィクトリア朝末期の同じロンドンでギッシングも生活していたかもしれないのである。Kibanakosumosu20080901bb_2

“ヘンリ・ライクロフトは長い貧乏作家生活の後、突然、知人の遺産を得て、かねてから好きだったイギリス西部のダヴォン州の家で悠々自適の生活を送る。”

それが<ヘンリ・ライクロフトの私記>の背景である。

ギッシングはライクロフトという人物に託して、自分の理想とする老後の生活や信念、長い貧乏生活の思い出、美しいイギリスの自然などを春夏秋冬の4章の中に随想として書いたのである。

ギッシング自身は恵まれた老後を送ることはなかった。

彼は上記の本を出版して数ヵ月後に肺炎で亡くなっている。

わたしはギッシングというイギリスの作家の心根にこの作品を通して少しだけ触れることができたのではないかと思う。

そして都会を離れ田舎で生活しているライクロフトに今の自分をいつの間にか重ね合わせていたのに気が付いたのである。

2008-09-06

週末の散歩

今日は土曜日。

週末でゆっくりしている。

午後、自転車で散歩に行った。Akatonbo20080904bb_2

公民館の横を通り、広い田んぼの真ん中を突き抜ける農道を自転車で走る。

草が生えている狭い農道である。

耕運機の轍に自転車がのめりこまないようにバランスをとりながら走る。

ふと右側を見ると一面に豊かに実った稲の穂がサワサワと揺れている。

すばらしい稲田である。

とても気持ちが良い。

その向こうを見ると、私の好きな円錐形の山が見える。

あたかも緑のピラミッドである。

農道の真ん中にポツンと1本の大きな栗(くり)の木が立っている。

その木の下をゆっくりと走る。

沢山のイガグリが道に落ちている。

それをよけて走る。

農家の人がクワを担いで向こうからやってくる。

帽子を取って<こんにちわ>と丁寧(ていねい)に挨拶した。

少し行くとせせらぎの音が聞こえてくる。

橋を渡る。

石にぶつかっては砕ける川の水を橋の上からぼんやりと見つめた。

このあたりから上り坂になるので懸命にペダルをこぐ。

左側に立派な中学校の校舎が見えてきた。

山に囲まれた、自然豊かな学校で学べるというのは子供たちにとって大きな幸せである。

学校に子供たちの元気な笑い声があるかぎり日本の未来は洋々と開けていると思う。

自転車の上から私が気をつけて見るのは周囲の畑である。

色々な作物が育っている。

ナスビはすっかり背丈が大きくなった。

紫色のナスビが沢山実っている。

それから生い茂るサツマイモ畑が続く。Kaki20080901ee_2

マルチだけがかけてある畑もある。

何を作ろうとしているのだろうか。

あちこちの畑で目立つのは大きなサトイモの葉っぱである。

巨大な葉っぱがぎっしりと重なり合って続いている。

サトイモの葉っぱはこんなに大きくなるのかと目をみはりながら自転車のペダルをこぐ。

<畑ウォッチング>はとても楽しい。

散歩道に沿ってあちこちに民家がある。

その庭に植えてある花を見るのも散歩の楽しみの1つである。

<花ウォッチング>である。

塀にそって植えられている黄色のカンナの花やキバナコスモスが美しい。

マーガレット・コスモスもある。

反対側の道に沿って咲いているピンクの花はハナトラノオであろう。

たくさんのハナトラノオが1団になって咲いている。

自転車をバックさせて、もう一度じっくりと花を観察する。

出来ればそのうちの1本だけを掘り出して自分の庭に植えてみたいなという衝動にかられる。Kumo20080901gg

でもそれは良く考えるとドXXウではないか。

ドXXウはいけない・・・と再び自転車に飛び乗って散歩を続ける。

山の中の舗装された車道に出る。

でも車はほとんど通らない。

道は上り坂と下り坂が交互に混じっている。

上り坂をフウフウ言いながらこぐ。

下り坂では前から風を受けて猛烈なスピードで走る。

恐ろしくなるほどである。

まわりの山々にはうっすらと霧がかかっている。

雨が降り出す兆候である。

わたしは自宅を目指してペダルをこぎ続けた。

2008-08-30

万葉集

万葉集を読んでいる。

岩波文庫にある佐々木信綱編の上下2冊である。Fusafujiutsugi20080827bb

読み始めたが、最初は中々とっつきにくかった。

他に何か読みやすい万葉集はないかと色々とあたってみた。

例えば講談社文庫の中西進編の万葉集4巻とか、集英社文庫の伊藤博編の全10巻とかである。

毎日気分に応じて交互に読み進めた。

でも結局、最後にいつも枕元にあるのは岩波の2冊なのである。

4500首という膨大な数の歌を上下2巻の読みやすい形の中にまとめ上げた佐々木信綱さんの努力。

それに対していつの間にかありがたいと感謝している自分があった。

何故だろう。

何故わたしは佐々木さんの2冊に引きつけられるのだろう?

考えてみると色々な理由がある。

1番の理由は、たった2冊だから、わたしでも最後まで読破できるだろうという<希望>を与えてくれるからである。

他の万葉集は4冊と10冊である。

佐々木さんのものはその半分あるいは5分の1である。

旅に出る時などは、2冊をさっとカバンに入れる。

これで万葉集がまるごと旅の道連れになる。

これは大変ありがたい。Higanbana20080830aa

もう一つの理由は中西さんの文字のサイズが比較的、小さくて読みづらいのである。

わたしは寝る前にベッドの中で読む事が多い。

そうするとどうしても佐々木さんの方に手が伸びてしまうのである。

では伊藤さんの10巻はどうなのだろう。

これは初めから終わりまで、1つの読み物として通読できるような形になっている。

歌とその解説が連続しているのである。

それぞれの歌の歴史的な背景や、歌の解釈。

それに歌の作者に関する説明等が続く。

初めのうちは喜んで読んでいた。

しかしそうこうするうちに、これが少しうっとうしくなる。

というのは今度はその説明の部分に分からないところが出てきて、気がつくと、肝心の歌という焦点がぼやけてしまうのである。

やはり歌そのものに光があたっている方が良い。

佐々木さんは、読者が歌から歌へ自分の想像力を駆使して読んでいくのを期待していたのである。

最小限の注釈は歌の下の部分にある。

それで十分だと考えたのである。

もともと万葉集は大部である。

そのすべての歌を全部理解する事は至難である。

むしろ、より重要な事は読者が自分の想像力を頼りに、夫々の歌のこころの中に入っていく。

全部の歌を理解する必要はない。

自分の触覚に感じる歌があれば、それを何回も繰り返し味わう。

それが大切なのだと考えたのだろう。

だから気軽に携帯できるように2冊に収めようと努力したのに違いない。

上記の3種類の万葉集には各々にその特徴がある。

だから読者によって、これを好む人、あれを好む人と色々あるだろうと思う。

冊数が少なく大き目の文字が好きな人は佐々木さん。

原文、全訳、注釈つきのものが好みの人は中西さん。

万葉集を詳しい説明と一緒に読み物として読みたい人は伊藤さんという事になる。

わたしはまだ万葉集を読み始めたばかりである。

しかしそれでも万葉集は以外に分かり易いと思う。

それは例えば芭蕉の俳句などと比べてみればすぐに分かる事である。

芭蕉の俳句はパッと読んで分かるものは以外に少ない。

古い万葉の歌の方が、新しい芭蕉の俳句より、現代人にとって分かりやすい。

それがどこから来るのかは良く分からない。Teppouyuri20080827aa

わたしが直感的に言える事は万葉集は未だ大陸の影響が少ない8世紀に成立したもので、日本本来のこころが未だその中に残っているのではないかという事である。

朝鮮や中国の影響、それに仏教や儒教がまだ深く浸透していない時代の歌なのである。

万葉集は、いわば1万年ほど続いた<縄文>を引きずっているのではないか。

だから同じ日本人のDNAを持つわたしのこころに素直に響いてくるのではないか。

そう思うのである。

例えば次の歌。

<東(ひむがし)の
野にかきろいの立つ見えて
かえりみすれば
月西渡(つきかたぶ)きぬ>
(万葉集48)

(東の方を見ると
日の出の太陽が
いま昇ろうとしている。
広い野原のうしろを
ふり返ると西の空には
月が山の上にかかり
沈もうとしているところである)。

日本のどこにでもある風景が平易な言葉で詠まれている。

何処からともなく、次のような歌が浮かんでくる。

<菜の花や
  月は東に
   日は西に
       (蕪村)>

この場合は夕方である。

1面の菜の花畑である。

日が西に落ちて、東からは

今や月が昇ろうとしている。

念の為。

太陽も月も

東から昇り

西に落ちていく。

2008-08-23

ミニ菜園の世界

近頃、おもしろい本を読んだ。

<ちゃんと育つよ。ベランダ・ミニ菜園 >(たなかやすこ著、集英社)という本である。Nasubi80823aa

何がおもしろかったかって?

それはおいおい説明する事にしよう。

まず野菜菜園を初めてやろうとする人は図書館とか本屋さんでそれに関する本を探して読むだろう。

わたしも同じである。

市立図書館で色々な本を借りて読んだ。

でも<初めての野菜作り>等々のタイトルの本はどれも似たりよったりで、最初に<土作り>とか<肥料>とかの基本の説明があり、あとはキュウリとかトマトなどの個別の野菜の作り方の説明が続いている。

だから味もそっけもなく、読んでいておもしろ味に欠けるのである。

それらの本の著者達はそれが客観性を重視した書き方だと考えてそうしているのであろう。

ノウハウ本とはそういうモノだと言えばそれまでである。

しかしわたしはそうは思わない。

どんなノウハウの本も、専門書も所詮は人間が書いたもの。

本当のノウハウ本には、人を引きつけるおもしろさがある。

それと同時に最後には、一人の生身の人間のひそかな息遣(いきづか)いが紙面から伝わってくるものなのである。

わたしが心の奥で求めているもの。Shuumeigiku80823gg

それは野菜園芸の<基本哲学(エトス)>なのかもしれない。

人間が一つの分野に分け入り、集中し、それを持続的にやるには、その世界に入る為の基本姿勢というものを身につけなくてはならない。

例えば、商売人になろうとする人は商品の原価と売価、それに粗利益、コストなどを良く理解しなくてはならない。

しかしそれと同時に最初に身につける必要があるのは、<お客の問題を解決しようとするひたむきな情熱と忍耐>である。

<あきない(商い、飽きない)>の情熱と忍耐をどこかで学び取る必要があるのだ。

上記の本には野菜園芸への情熱が綴られているとわたしは思う。

まず全体の調子である。

この種の本にありがちな<説明風>にではなく、<エッセイ風>に書いてあるのは大変ありがたい。

多くの写真やスケッチやイラストで読者が肩の力を抜いてどんどん読めるように工夫されている。

何よりも大切な点は筆者が何故、野菜作りに踏み込むようになったのかという動機と経過、その後の展開が書かれている事である。

エッセイ風の本文に混じって、個別の野菜の育て方が簡潔なレシピ風に書いてある。

つまり読者は本文を読んでいくにつれて、特に意識しなくても、色々なノウハウを同時に学ぶ事ができるのである。

わたしが驚いたのはノウハウ本の形式にとらわれずに、自由に色々な要素を文庫本サイズの一冊に纏め上げたそのユニークさである。

表装も洒落(しゃれ)ている。

本の著者も書いているが、考えてみるとベランダでの野菜作りには<菜園セラピー>とでも言うことができる<ある種の治癒力>がひそんでいるのではないだろうか。

<森林浴>が人の心と身体(からだ)に良い事は一般に広く知られている。

しかし<野菜のベランダ・ミニ菜園>が同じような効果を秘めている事を知っている人はそれほど多くはないのではないかと思う。

多くの都会人は狭い住居で生活している。

コンクリートで固めた、空調機のある密室風の狭い部屋である。

隣の人には気を使い、会社では人間関係に神経の休まる暇もない。

Teppouyuri80823hh 車社会なので、自然から遮断され、どこまで行ってもまわりは人工的な環境だけが広がっている。

わたし達は皆、ある種の息苦しさと孤独とストレスの中で生活しているのである。

それを打ち破り、広くて深い自然の中の自分を発見する。

それが野菜との出会いなのである。

さあ野菜のあるベランダに出てみよう。

ひと時のあいだ、<ストレスと利害損得の世界>を離れてみよう。

野菜は何も口をきかない。

寡黙なのである。

しかし良く観察すれば、野菜は色々な苦しみとか喜びを表現している。

それを続けていると、段々野菜がかわいくなってくる。

野菜との対話が始まる。

野菜は動かない。

いつでもそこにいて、わたし達の愛情を受けとめてくれる。

写真を撮ってもスケッチをしても何も文句をいわずに受け入れてくれる。

しかし野菜の本来の力を引き出し、めでたく収穫にまでこぎつけるには、こちらサイドにも多くの努力が必要である。

野菜に関する色々な本も読む事になる。

季節季節に合わせて種を撒くには細かい計画を立てなくてはならない。

育児日記があるように野菜の観察・栽培日記もある。

そして、いつの間にか頭脳をフルに回転させている自分がある。

野菜作りはわたし達の脳や意識を活性化するのである。

更に花とか木などの園芸と野菜作りが違う点は<収穫のあるなし>である。

野菜園芸では最後に、葉や根や果実を取り、それを食べるという行為がある。

最後に<味覚>が関係してくるのである。Aoshiso80823cc_2

この点が野菜園芸のユニークなところである。

一言で言えば、野菜作りは<人間の心と身体を新鮮に保つ力>を秘めているのである。

ある日曜日の午後、自転車で散歩の途中、畑の中にいた夫婦に思わず声をかけた事があった。

<すばらしいキュウリですね>とわたしは言った。

そうするとその老夫婦は収穫したキュウリを手にいっぱい抱(かか)えて<これを持って行くか>と自転車の荷物カゴに入れてくれた。

彼らの目は微笑み、輝いていた。

2008-08-22

消えたホウレンソウ

相変わらず家の庭で野菜作りに取り組んでいる。

苗を買ってきて囲い畑で育てたトマト、キュウリ、ナスは比較的順調に育ち、まあまあの収穫があった。Yuri80820aa

中でも驚いたのはピーマンの生命力である。

病気もせず、グングンと大きくなり、今までに8個位の実を取る事ができた。

そして未だ4個くらいの小さい実がなっている。

自分で作ったトマトやキュウリ、それにもぎたてのピーマンを食べた。

柔らかくておいしい。

わたしの小さな<ビギナーズ・ラック>である。

これに気を良くして、今度はタネを買ってきて<直播(じかまき)>に挑戦した。

播く場所は囲い畑ではなく、持ち運びが出来る<プランター>にした。

最初に播(ま)いたのは<ホウレンソウ>である。

数日経って一斉にかわいい芽が出たまではよかった。

でも間引きをして、その後順調に育つかと思ったら、次第にナヨナヨとしてきた。

その後、2週間くらいの間に、土に溶けてなくなってしまったのである。

大失敗である。

ホウレンソウは何故、消えてしまったのだろう?Begonia80820bb

土に苦土石灰を入れるのを忘れたからだろうか。

太陽の光が足りなかったのだろうか。

それとも水のやり過ぎ・・・?。

疑問が疑問をよぶ。

ホウレンソウの失敗で出鼻をくじかれたが、わたしはもう一度、直播栽培に取り組んだ。

今度は<ニンジン>である。

失敗の後だから念には念を入れて細部に注意をした。

幸い順調に芽が出て、その後、間引きや追肥も終わり、問題はないと思っていた。

しかし、数日前の大雨に打たれて、4センチにも伸びていたニンジンの苗は全部なぎ倒されてしまった。

今日の朝、その苗を一つ一つ起こしながら再度、間引きをして、土寄せも行った。

これでどうやら全滅は逃れる事ができたようである。

色々な体験を通じて分かった事は、<野菜は作れない>という事である。

<野菜は結局のところ自分で育つ>のである。

わたしに出来る事は<野菜本来の力>が発揮できるような条件作りである。

毎朝、庭の野菜を見るたびに<ホウレンソウ>の姿を思い出す。

そして思う。

<謎だ。
  あのホウレンソウ。
   あれは何故溶けてしまったのだろう?>。

2008-08-16

天地のドラマ

<あはれいかに
草葉の露のこぼるらむ
あき風たちぬ宮城のの原>
(西行、山家集0013)Akinokumo80816aa

空を見上げて家内がポツンと言った。

<秋の雲ね・・・>。

そういえば高く澄んだ空に薄い雲が流れていく。

吹く風もそこはかとなく秋の匂いがした。

それにしても昨夜の嵐は本当にすごかった。

夜8時ごろであった。

にわかにかき曇って、夕立が来る気配がした。

わたしはバタバタと2階に上がり、開けていた窓を閉めようとふと外の暗闇を見た。

その瞬間である。Retasunome80816dd

強い閃光がパッパッと光った。

家の前の双子山(ふたごやま)の全体が昼間のように光り輝いた。

山の木のひとつひとつが鮮明に見える。

それが2-3回繰り返された。

その時である。

ドドーン、ドドーン。

ガラガラー、ドカーン。

雷の音が響き渡る。

同時に家の電灯が消えた。

Asagao80816ee 停電である。

家内が懐中電灯をもって2階まで上がって来た。

間もなく電灯は元通りについた。

でも雷光に照らされた双子山の姿。

その姿がわたしの心から離れない。

わたしは2階の部屋の電灯を消して、暗闇の中、もう一度、山の方をじっとみつめた。

そうすると今度は巨大な稲妻が山の斜面を裂くように走った。

2度、3度と稲妻が走る。

双子山の全体が強く照らされ、暗闇の中にポッカリと浮かび上がる。

1木1草がはっきりと見えるようである。

このような光景を見たのは生まれて初めである。

大地は女神である。Mukuge80816ff

双子山は横たわる女神の乳房だ。

女神を貫く巨大な雷光は父なる天神。

次々と繰り返される天地の交わり。

厳かな天地のドラマがそこにあった。

わたしは唖然として息をのんで見つめていた。

激しい雷と雨の音を聴きながら。

2008-08-06

狐のいたずら

隣の家との境界の斜面に見慣れない花が咲いている。

橙色(だいだいいろ)をしている。Kitsunenokamisori80806aa

奇妙な事に緑の葉の姿は見えない。

草むらから茎が飛び出して、その先にオレンジ色の花がついているだけなのである。

しかも花は群落をなしている。

斜面はうっすらとしたオレンジ色の花に覆われて、絨毯(じゅうたん)をしいたようになっている。

<あれは何の花なんだろう>。

わたしは庭の草取りをしている家内に尋ねた。

<ヒガンバナじゃない?>と彼女は言う。

でもヒガンバナにしては時期が早すぎる。

Kitsunenokamisori80806bb それにヒガンバナはもっと真っ赤な色をしている。

わたしは庭に出る度(たび)にその花の事が気になって仕方がなかった。

<一体何という花なのだろう>。

心の中でいつもその疑問を引きずりながら、既に一週間が過ぎた。

昨日の夜、居間で植物図鑑をパラパラとめくっていた。

その時である。

あの花の写真が目に飛び込んで来たではないか。

そこで見た花の名前は?

<キツネノカミソリ>。

一瞬わたしは心の中でつぶやいた。

<何じゃこりゃ。
狐(きつね)の剃刀(かみそり)とは・・・>。

急いで説明を読む。

●スイセンに似た葉っぱは夏には枯れてしまう。
●その葉っぱの形がカミソリに似ている。Kitsunenokamisori80806cc
●その緑の葉っぱがパッと消えてなくなり、突然、その場所に派手なオレンジ色の花が咲く。<あの葉っぱはどこに消えてしまったのだろう。もしかして誰かが葉っぱを花に変えてしまったのだろうか>。不思議な感じを与えるので狐に化(ば)かされているような気分になる。だからその花をキツネノカミソリというのだそうである。
●キツネノカミソリの花が咲くのは8月の<お盆>の時期である。
●一方、ヒガンバナは9月の<お彼岸>の頃に咲く。

昔の人はおもしろい名前をつけたものである。

2008-08-04

次のバブル

まだわたしが子供の頃であった。

御飯を食べ終わって<ごちそう様!>と言って立ち上がろうとすると、父が激しい口調で言った。Hana80724gg

<御飯粒がまだお茶碗についているよ。
もったいない。
きちんと最後まで全部食べなさい! >。

1960年代の頃、それは日本のどの家庭でも見られたごく当たり前の光景であった。

当時の子供たちはこうして<もったいないの精神>を親から教え込まれて育ったのである。

ではこの<もったいないの精神>は一体どこから生まれたのであろうか。

考えてみるとそれは<戦後の食料難>という背景から生まれたものである。

第2次世界大戦が終ってみると、国敗れて人々は食べるものがない状況に直面した。

多くの家では、急いで新たに開墾したりして田畑を作り、自家栽培で米や野菜を作って食べた。

Tomato80724cc それでも足りずに、山菜を取って来て栄養を補ったのである。

春のツクシやワラビ取りの思い出が鮮明に蘇ってくる。

その他にカキ、モモ、タケノコ、キノコ、ミョウガ、フキ、サンショウ、セリ、ヤマイモなどを取って来て食べた。

更に多くの家では鶏やヤギなどを飼って卵とかミルクも自家でまかなおうとしていた。

さて、その<もったいないの精神>は現代の日本にまだ生きているのだろうか。

もしかすると<勤勉の精神>と一緒に忘れ去られてしまったのではないだろうか。

賞味期限の過ぎた弁当とか食料が毎日、無駄に捨て去られているという現実がある。

まだ十分に食べられるモノがポイポイと無残に捨てられているである。

テレビを見ると芸能人が大きな口を開けて色々なモノを食べるシーンが次から次へと映し出される。

あたかも食物が自由に手に入る状態がこのままいつまでも続くかのように・・・。

あたかも食物が無限に輸入できるかのように・・・。

何故日本人はこのような幻想におぼれてしまったのだろうか。

<多くの日本人にとって食物がないという経験はした事がない>というのが原因の一つとしてあげられるであろう。

食物がないという事が一体どういう事なのかを想像する事ができないのである。

この頃、おもしろい本を読んだ。

<次のグローバル・バブルが始まった!
   (山崎養世著、朝日新聞出版)>。

この本で山崎養世さんは以下のような意味の事を述べている。

●わたし達はアメリカのサブプライム(不動産バブル崩壊)問題に目を奪われているが、むしろその先にある問題に注意を向ける必要がある。

●その問題とはアメリカとか日本の低金利が次のグローバル・バブルを生み出しているという点である。

●不景気の日欧米から<余った金>がどんどんインド、中国、ベトナム、ブラジル、トルコ、中東、東欧、ロシアなどの高金利で高度成長を続ける新興諸国に流れ出ていく現象が続くだろう。

●もはや日欧米は世界経済のエンジンの役目を果たす勢いはない。現在の世界経済は高度成長を続ける新興諸国にリードされるようになっている。

●今までの円キャリーに加えて、ドルキャリーが巨大な規模で行われ、それが新興諸国に投入され、その結果、世界的な規模のバブルが生じつつある。
新しく30億人規模の人たちが資本主義化して、先進国化を目指して日々、怒涛の前進を続けているのである。

●その結果、わたし達は今、世界的なインフレ時代を迎えようとしている。

●特に食料、エネルギー、水などの諸資源が不足して、世界中に紛争が多発するようになるだろう。

●そして巨大なグローバル・バブルが破裂した時、世界的規模の崩壊に現在の世界経済は耐えられないかもしれない。

●でも100年単位で見ると新興諸国の成長はバブルを乗り越えて続いて行くであろう。誰にもそれを止める事は出来ない。

全体的に見て、その通りであるとわたしは思う。

<飽食の時代>などと日本で騒いでいるうちに、世界の舞台は次のシナリオに向かって急速に進んでいるのである。Sarusuberi80801aa

2015年。

東京のある家庭の様子。

<おいこら、味噌汁を残すやつがあるか。最後まで食べなさい!もったいない!>

ふと外を見ると、家の庭やベランダには野菜栽培用のプランターがぎっしりと所狭しと並べられている。

ニンジン、ジャガイモ、ナスビ、キュウリ。

その家では、ほとんど全部の野菜が自家栽培でまかなわれているのである。

2008-08-01

色々な花

朝早く庭に出ると紫色のアサガオが咲いていた。

透き通るような青を見ていると気が遠くなりそうである。Asagao80801bb

いつまでも見ていたい青色である。

納屋の近くにあるキンカンの木に白い花が咲いている。

Kinkan80729bb 沢山の蜂がブンブンと花のまわりを飛んでいる。

キンカンの蜜は蜂の大好物のようである。

見慣れない花を見つけた。Tessen80726dd

蔓(つる)の上に咲く紫の花。

テッセン(鉄線、クレマチス)である。

日本には江戸時代に渡来した花で、鉄線のように強靭であると言うことからこの名前が付けられたという事である。

Mukuge80801cc_2 毎日飽きずにムクゲの花を眺めている。

この世にこんなに清楚な花があったのかと思う。

2008-07-26

山川草木の時代

テレビで養老孟子さんが次のような意味の事を言っていた。Hinode80724ff

<都市の生活をしている人は5感を使わないので、脳への刺激が1面的になり心と身体のバランスを崩してしまう。<脳>が都市、<身体>は田舎と考えよう。本来は一体のものなのである。だから自然の中に出て五感を開放して命のバランスを取り戻す事が大切である。その為には田舎と都市の生活を交互にミックスするような生活へ徐々に移行していくべきである。それがモダンな生き方なのである>。

その通りであると思う。

工業化、都市化の波にのって、田舎の男女が東京にあこがれて出てくる。

そういう日本列島改造論の時代はもう終ったのである。Kikyou80726bb

あれからもう36年。

1つの時代が終った。

これからは新しい時代が始まる。

キーワードは<sustainable、サステナブル、持続循環ができる>。

今度は都市の男女が緑の森と里山を求めて田舎にやってくる時代なのだ。

<山川草木の時代>がやって来たのである。

わたしの家では1匹のネコを飼っている。

クロちゃんである。

Fusafujiutsugi80726aa 彼女を見ているとおもしろい。

家の中にいる時はリラックスしている。

食べ物を食べたり、寝そべったりしている。

しかし一旦家の外に出ると耳をピンとそばだて、目はギラギラと輝く。

彼女の5感が開かれ、いっせいに活発に動き始める。

色々な危険に対して備えているのである。

クロちゃんは外では、ある意味で強い野生のネコに戻るのである。

そうして1日中外に出ていたクロちゃんは夕方、腹をすかせてまた家に帰ってくる。

都市と田舎のミックス。Bara80726cc

田舎の中に都市があり、都市の中にも田舎がある。

そういう環境が作り出せないものだろうか。

あれかこれかではなく<あれもこれも>。

頭脳と身体が一体になっていくやり方。

町と田舎が一体となっていくやり方。

これこそが日本の21世紀の姿なのではないだろうか。

幸いまだ遅くはない。

やれロハスとか、イングリッシュ・ガーデンとか言う前に、外国崇拝はいい加減に止めようではないか。

まず日本の良いところを自分自身で知ろう。

そして日本の歴史についても知っていこう。

それを生かした生き方をして行こう。

日本にはまだ沢山の森が残されている。

日本の森林率は66%余である。

これは先進国中フィンランドに次いで世界で2番目である。

水もまだ豊富にある。

森と水を生かした都市と田舎の<ミックスエコライフ>。

これこそ日本がこれから新たに作り出す超先進文化なのである。

2008-07-24

希望を求めて

朝起きて庭に水をやる。

ひょっと上を向くと、白い花があった。Mukuge80724aa

納屋の横の木槿(むくげ)の花が開いてわたしに<おはよう>と言っている。

酷暑の中でたくましく咲いている涼しげなその姿にわたしは魅せられた。

平安時代に中国から伝来してきた花である。

暑さ寒さに耐え、1日花でありながら次から次へと10月頃まで花を咲かせ続ける。

韓国ではこの花を無窮花(ムグンファ、終わりのない花)とよび、国花として大切にしている。

そう言えば韓国の人はムクゲのように元気である。

今日はアメリカ産牛肉輸入反対のデモ、明日は竹島問題でデモと声をからして毎日元気一杯である。

まるで<無窮花>である。

それとは反対に、日本では桜の花のようにバブルの花を散らし、その中でわたし達は静かにひっそりとたたずんでいる。

Kingyosou80724ee_2  しかしこの頃ではもうそれも限界に近い。

給料は上がらず、諸物価は高騰、先の見えない不安。

真綿で首を絞められるように、我慢強いわたし達日本人も悲鳴を上げ始めているのだ。

世間を見渡せば、希望が持てない人がどんどん増えている。

昨今の無差別殺人事件の数々を見ているとその底流に<伝統の継承の欠如>、< あらゆる共同体の崩壊>、<個人の深刻な孤独感>を感じるのである。

残された最後の擬似(ぎじ)共同体。

それがケイタイでありインターネットであり、テレビ等の各種メディアなのである。

しかしそれでも心は満たされない。

ネットには実体がないのだ。

そして空虚なネットに依存して落ちていく幾多の人々がいる。

いつ頃から日本の悪循環が始まったのだろうか。

わたしには<改革、改革>と叫んでいたあの人達の姿が目に浮かぶ。

国の富を丸ごと他国に売り飛ばした恥知らずの指導者達。

しかしそのような愚かな政治家を選んでしまったのもわたし達国民自身なのである。

2度とあのようなふざけた人間を選挙で選んではならない。

庭の隅の木の下でジャガイモの小さい苗が生えているのを見つけた。

プランターに入れて育てている。Jyagaimo80724dd

ホウレンソウの種を買って来て、プランターに撒いた。

自分で作り自分で食べる。

そういう生活が出来たらなあと思う。

2008-07-21

西行とヘッセ

■  ここをまた
     われ住み憂(う)くて 浮かれなば
     松はひとりに ならんとすらむTsubakinomi80721bb

 (もし私が また この仮の庵(いおり)を
 住みにくいといって 他のところに
 移っていったなら、松よ お前は また
 ひとりぽっちになってしまうなあ)

西行は庵のそばに立っている松の木にささやいた。

先に西行がなぜ突然出家したのかを見てきた。

人生の大転換である。

それは彼にとって、同時に歌人としての真の出発でもあった。

西行が出家した1140年からおよそ800年を経過した1919年、母国ドイツを捨て、故郷を捨て、家族とも別れてただ一人、異国の地で再出発をしようとする一人の人間がいた。

ヘルマン・ヘッセである。

第1次世界大戦中、彼は平和を説いた論文を発表した。

そして、それ故に、母国ドイツでは<裏切り者、売国奴>の烙印をおされてしまったのである。

精神的な打撃を受けた彼は家族を捨て、スイスのアルプス南麓の山里に移り住んだ。

彼は書いている。

<私の文筆活動を何よりも第一に考え、ただそれだけに専心して生き、家庭の崩壊も、重大な金銭上の心配事も、そのほかのどんなことも深刻に考えまいと思ったのである。それがうまく行かなければ、私はおしまいであった>。

人生の大転換である。

それは彼にとって、同時に文人としての真の出発でもあった。

彼はスイスの山村を終(つい)の棲家(すみか)として43年後、そこで死んだ。

西行とヘッセには他にも多くの共通点がある。

まず上に述べたように人生の半ばで人生の大転換をしている。

二人とも詩人である。

写真を見ると顔もどことなく似ている。Hesse80721dd 

西行は仏教の僧侶である。

ヘッセの父はインドに渡りキリスト教(新教)の宣教師として活躍した人である。

インド生まれのドイツ人牧師の娘と結婚してドイツに帰ってきてヘルマン・ヘッセは生まれた。

それ故にヘッセは仏教と非常に関係が深く、<シッダルタ>(釈迦の俗名)という題名の小説を書いている。

大胆に言えば、ヘッセは<隠れ仏教徒>と言えるのではないかとも思う。

2人とも孤独と自然と放浪を愛した。

それに女性を大変愛したという点でも同じである。

西行は月(女性の象徴)を多くの歌に詠んでいる。

ヘッセは54才にして36才の女性と3度目の結婚をしている。

後鳥羽上皇の勅命によって編まれた<新古今和歌集>に入集した西行の和歌は94首で最多である。

一方、ヘッセは、第2次世界大戦終結後の1946年にノーベル文学賞とゲーテ賞を受賞している。

詩人あるいは作家として見ると、2人は最後は使命を果たして本望だったのではないだろうか。

更に2人とも天寿をまっとうした。

ヘッセは享年85才。

一方、西行が亡くなったのは73才である。

そして彼は次のような歌を残している。

  ■ 仏(ほとけ)には

    桜の花を たてまつれ

    わが後の世を 人とぶらわば

 (死後に わたしを訪れてくれる人がいたら

   どうか仏前には桜の花をあげて

     くれませんでしょうか)。

2008-07-20

ひぐらし

暑い・・・。

猛暑である。Asagao80720aa

今日も熱帯夜かと思うとぐったりとしてしまう。

しかし夕方5時ごろになると、どこからともなく、<ひぐらし>のカナカナカナ・・・・という声が響いてくる。

それが聞こえる頃になるとようやく冷たい夜の風が窓から忍び寄ってくる。

■夕影(ゆうかげ)に 来鳴(きな)くひぐらし
  ここだくも 日ごとに聞けど
    飽かぬ声かも

(夕暮れ時になると ひぐらしの
鳴く声がしきりに聞こえてくる。
毎日聞く声ではあるが、その涼しい声は
いつ聞いても風情があって
気持ちが良いなあ。
     万葉集十巻 2157
     ここだくも = 甚しく・ひどく・しきりに。)

2008-07-17

ノウゼンカズラ

夕方、庭に出て夕涼みをしていた。

ふと家内が言った。Nouzenkazura80716aa_2

<あそこのあの屋根の上の花は何なの?>

ガレージの上を見ると橙色(だいだいいろ)の見慣れない花が咲いている。

近寄って良く見ると、杉の木に絡(から)みついた直径3センチほどの大きなツタのような植物が高く登っている。

5メートル以上の高さである。

わたしは葉の形からもしかしたら藤(ふじ)の木ではないかと思っていた。

しかしいつまで待っても紫色の藤の花は咲かない。

<ハテおかしいな。
では何の木なのだろう>。

そう思っていた矢先であった。

色々と図鑑を調べた。

そうすると花の写真が見つかった。

<ノウゼンカズラ>である。

中国原産のツル性植物。Nouzenkazura80716bb_2

家内に木の名前を言った。

<ノウゼンカズラ?
愛染(あいぜん)かつらみたいね>。

<花も嵐も 踏み越えて
行くが男の 生きる途
泣いてくれるな ほろほろ鳥よ
月の比叡を 独り行く・・・・>

という歌の歌詞が頭に浮かぶ。

ノウゼンカズラ・・・アイゼンカツラ・・・。

これでノウゼンカズラという名前はもう忘れないだろう。

2008-07-16

新しい時代

朝早く起きた。

花壇に水をやろうかなと思って庭に出た。Yuri807016bb

するとどこからともなく、良い香りが漂ってくる。

周(まわ)りを見渡すと、竹やぶの近くのヤマユリが白い花を開いているではないか。

10日くらい前から3つの蕾(つぼみ)が垂れ下がっているのを見て知っていた。

いつ咲くかいつ咲くかと心待ちにしていたのである。

でもヤマユリの花の香りが、こんなに遠くまで届くなんて知らなかった。

花壇にジョロで水をあげようとしてアッと驚いた。

朝顔の花が咲いていたのである。

Asagao80716aa 手塩にかけて育ててきたアサガオの第1号である。

紫色の花を見ていると、涼しい風が吹いて来るような気持ちになるから不思議である。

納屋の裏手で薄いピンクの花を見つけた。

人知れずひっそりと咲く目立たない花、ヤブランである。Yaburan80716cc

見ると藪(やぶ)のあちこちに咲いている。

樹下の半日陰に好んで咲く山野草である。

世間が大変騒がしくなってきた。

四川省の大地震ではないが、何か巨大な波が迫って来ているような気がする。

この分では2009年は大変な年になりそうだ。

その波を乗り越えて新しい時代を開いていかなくてはならない。

2008-07-08

庭の風景

朝早く起きる。

庭を歩く。

<羽毛(うもう)ケイトウ>の花の色が緑に映える。Umoukeitou80708aa



その傍(かたわ)らに植えた<コスモス>の苗が3本立っている。

みるみる内に大きくなり、今では私の背丈ほどの高さになって驚いた。

堆肥を沢山あげたのが効いているのかもしれない。

Kosumosu80707ff まだ花は咲いていないが、枝とか葉が何とも言えずに美しい。

湖(みずうみ)の波が幾重にも広がっていくような爽(さわ)やかさである。

その下には<ペチュニア>の花が咲いている。

外国産という事がひと目で分かる。

派手な色の花を次から次に咲かせる。

その生命力の強さに驚かされる。

枝を切って挿芽(さしめ)にすると2-3日ですぐに活着して花を咲かせ続ける。

雨にぬれながら咲いているのは橙色(だいだいいろ)の<ノカンゾウ>の花である。Nokanzou80708bb

ユリの花に似ているが、ユリよりも、すこし大胆な、野生味のある感じである。

1日花なので次々にしぼんで落ちる。

しかし新しい花がどんどん咲くので落ちた花が目立たない。

雨の中に咲くもう一つの花がある。

<ヒメヒオウギスイセン>である。Himehiougisuisen80707dd

細長い葉っぱを雨の中に大きく広げて、その中からスゥーと伸びてきた茎の先端に橙色の花が垂れ下がる。

見ると庭のあちこちに咲きはじめている。

わたしは朝顔が好きである。

大切にしまっていた昨年の<アサガオ>と<ヨウジロアサガオ>の種を取り出して5月の初めに庭にまいた。

夜、水につけて、翌朝(よくあさ)ナイフでタネの皮に傷をつけて発芽しやすいようにした。

庭の色々な所にまいた。

それから、長い竹竿を何本も買ってきて斜めに立てた。

やがて、愛らしい双葉の芽が庭のあちこちに出てきた。

双葉の芽から葉が出て、葉の中からツルが伸びてきたので竹竿に絡みつくように誘導してあげる。

中には誘いに抵抗してあらぬ方向へ伸びていくツルもある。

驚いたのはその葉の大きさである。Asagaonoha80707gg

堆肥をあげたせいか、手の平くらいの大きさの葉っぱが重なりながら竹竿を伝ってどんどん上に伸びていく。

ある日の朝、コスモスを見ていると、3本の内の1本がしおれて倒れそうになっている。

水をやって介抱してみたが、ダメだった。

2度と立ち上がれなかった。

恐らく虫かモグラが根を食い荒らしたのかもしれない。

生と死が入り混じって、交錯する庭の風景。

それをいつまでも飽きずに眺めている。

2008-07-01

西行、出家の謎

■ 空(そら)になる
     心は春の かすみにて
     世にあらじとも 思い立つかな Tamasudare807031

これは当時(1140年)、鳥羽院の北面の武士であった佐藤義清(西行の俗名、さとうのりきよ)が出家する前に詠んだ歌である。

(心は春のかすみがかかった
空(そら)のようになって
わたしは俗世間を絶ち
出家しようと思い立ったので
ございます。)

また仕えていた鳥羽院あてに次のような暇乞(いとまご)いの歌を詠んでいる。

■惜しむとて 
   惜しまれぬべき この世かは
   身を捨ててこそ 身をも助けめ

(いくら私が世を惜しんでも
惜しまれるような世の中でしょうか。
ここは、我が身をすててこそ
自分は救われるのです。)

わたしには不思議でならなかった。

一体、何故、彼は突然、武士としての地位や妻子を捨ててまで出家しようとしたのだろうか。

Saigyou807011 それも23才の若さで・・・・。

当時、院の北面の武士といえば、文武両道にすぐれ、財産もあり、容姿端麗な武士しかなれなかった。

彼の未来は洋々と開けていたのではなかったのだろうか。

こんな素朴な疑問が湧き上がってくるのである。

もう一度冒頭に挙げた歌を良く読んでみる。

そうすると彼はここで、次のように言っているかのようである。

<わたしは
ひばりのように
春の広い空に
飛び立ちたいのです>と。

次の院にあてた歌をよく見ると、彼はここでも次のように言っているのではないだろうか。

<わたしにとって、出家は
身分に縛られた息苦しい
今の世間から出る事なのです。
わたしは一個の自由な人間として
生きて行きたいのです>。

上記2つの歌から見えてくるもの。

それは、世を厭(いと)って僧院に入りたいという姿よりも、むしろ今の宮仕えを止めて、<自分の自由な人生を突き進みたい>というひとりの勇敢な青年の姿なのである。

西行は、僧形(そうぎょう)の歌人として生きるために世間を捨てて出家したのである。

それは命をかけた決断であった。

そうに違いない。

わたしの疑問はこうしてゆっくりと解けていったのである。

2008-06-30

かくれんぼ

小さかった頃にした<かくれんぼ>遊び。

その場面をふと思い出すことがあるのではないだろうか。

<もういいかい>・・・<まあだだよ>。Hana806301

軒先の廃材の陰に隠れ、身を横たえてジッと動かないで息をころしていた童子。

まだ幼かった自分がそこにいる。

老境の西行は次のような歌を詠(よ)んでいる。

■ むかしせし 
隠れ遊びに なりなばや
片隅(かたすみ)もとに 
寄り伏せりつつ

(かくれんぼ遊びをした
むかしの幼い時分にかえりたいな。
あの時は物の片隅に隠れて
じっと身を寄せていたなあ)

この歌を読んでわたしは思う。

西行さんは日本人のこころの底にある原風景を日本語を使って、すなおな言葉にして残していった人であるという事を。

2008-06-26

SLOW READING

いつものように昨夜はベッドに入って本を開いた。

この本を読むのはもう何回目だろう。

今回は好きな章だけを読む。Hiiragimochi806173

最初に読んだ時の感動が再びわたしのこころに伝わってきた。

読み終わったと思うと・・・いつの間にか、わたしは眠りに落ちていた。

果たして読書は何のためにするのだろうか。

一般的には知識や情報を得るためと考えられている。

その為には<効率>が優先する。

そして<量>をこなす事が求められる。

速読術などが盛んに行われているのはその為である。

世はディジタルの時代。

読書にもコピー・アンド・ペースト方式が通用するのだろうか。

いくら早く読んでも読書の質は変わらないとでも言うのだろうか。

わたしは自分の速度で本を読みたいと思う。

スロー・フードがあるように<スロー・リーディング>もあって良いのではないか。

食物をゆっくりと味わって食べる。

それは胃にも腸にも身体にも良い。

と同じように、<ゆっくり読書>は目にも、脳にも、心にも良いのである。Natsutsubaki806261

もちろん読んでいる本にもよる。

書かれている内容に何故(なぜ)か強く引き込まれる本は、できるだけゆっくりと読む事をすすめたい。

というのはそういう本に出会う事自体が稀(まれ)な事だからである。

そうして幸運にもその類(たぐい)の本に出会ったら、何度でもくり返し読む事をすすめたい。

キーワードは<ゆっくり>と<くり返し>である。

これが読書に際してわきまえるべき、重要な秘密なのである。

反対に言えば、<ゆっくりとくり返し>読めない本は自分にとってあまり良い本ではないという事になる。

そういう類の本は早く読むか、必要なところだけを効率的に読むか、あるいは読まないで済ませる事である。

その本を<ゆっくり>読みたいか?

その本を<くり返し>読みたいか?

本を手に自分に問いかけてみよう。

つまり基本的に<ゆっくり読書>をする事によって本の選別が非常に明確に出来る事になる。

Himetsurusoba806253 果たして読書は何のためにするのだろうか。

読書は知識と情報を得るためだけにするのだろうか。

もちろんそういう類(たぐい)の読書もあるに違いない。

その一方では<魂(たましい)>に、自分の人格全体に迫ってくる読書もあるのではないだろうか。

それは何の為に学校へ行くのかという問いに似ている。

知識や情報は確かに必要であろう。

その一方、学校の先生や友人との接触により、魂(たましい)や人格全体の成長に必要な栄養を得る事も重要である。

そして結局それがその人の長い人生の生き方や方向さえも決めるのである。

庭の手入れを始めた時、わたしは正直言って途方にくれてしまった。

園芸について何も知らない自分がいたからである。

色々な本を買って読んだ。

しかし<ゆっくりとくり返し>読んだ本は今のところ1冊しかない。

それは以下の本である。

<ものぐさガーデニングのススメ
(斉藤吉一著、山海堂)>。

何故この本はわたしにとって良い本なのだろうか。

それは第1に何も知らないわたしの園芸に対する不安を取り除いてくれたからである。

肩の力を抜いてくれたからである。Ajisai806262

自分らしい園芸に目覚めさせてくれたのである。

第2にこの本にはこれを書いた著者の基本的な考え方が平易な言葉で素直に書かれている。

いってみれば<園芸家たましい>とでもいえるものである。

わたしはくり返し読む事でその<園芸家たましい>を吸収する事ができたように思う。

例えば、<園芸の80%は観察する事、良く見る事にある>などである。

園芸にはその世界独自のエトスがある。

園芸に向かう基本姿勢とでもいうものがある。

昔はそれを学ぶ為には師匠についた。

師匠の姿から<基本姿勢>や色々な技術を学んだのである。

今の時代に師匠に弟子入りするのは困難である。

その代わりにわたし達がやるべき事は、これという本を精読し、くり返し読む事である。

不思議な事に選び抜かれた書物には本音が書かれている確率が高い。

本を書くという作業は大変な重労働である。

それを最後まで書き上げる為には使命感にも似た動機が必要である。

その結果、多くの本には損得を越えた、その人の<たましいの声>が込められているのである。

その声を聞く。

それが読書の本当の醍醐味であると思う。

これからもそういう本に出会ったならば、ゆっくりとそしてくり返し読もうと思う。

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