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2009-11-05

これからの5年間

人間にとって一番むずかしい事は何であろう。

それは<未来を知る>事ではないかと思う。

あるいは<未来の姿を見る>事といっても良い。Yotsubanokuraba20091105

世間では<予言>とも言う。

これが一番人間にとってむずかしい。

しかし不可能ではない。

誰でも一生の間、一回位は、ほんの一瞬の間、<チラッと>自分の未来の姿が見えたような気がしたという体験があるに違いない。

自分の人生における大きなうねり、波動のようなものを自分の中に深くつかまえた瞬間。

その時に自分の未来の姿が一瞬、チラッと見えるのである。

しかしこのような、個人の人生のレベルを越えて、<世界経済の未来>とか<世界の国々の未来>を察知するのは至難なワザである。

それを行っている人がいる。

わたしが知っているのはそのうちの2人である。

一人は田中 宇(たなかさかい)さんというフリージャーナリストである。

この人の<田中宇の国際ニュース解説(世界はどう動いているか)>をこの数年来、欠かさずに読んでいる。

そうして、この頃つくづく思う。

長年の研鑽の結果であろう。

田中宇さんは、どのような小さな事件でも、世界の大きな動きの中に置いて見る目を持っていると・・・。

世界は一つの大きな<書物>、あるいは一つの大きな<絵>である。

わたしには目の前の出来事だけしか見えない。

いわば書物の字面(じづら)を理解するだけで精一杯である。

田中さんは世界という書物の大きなストーリーの流れの中でその部分の意味を把握している。

わたしは絵の一部分を見ているだけである。

田中さんは世界という絵の全体を見て、その細部の意味をつかんでいる。

わたしは物事の表相を見ている。

田中さんには物事の裏に潜んでいる歴史のうねりと脈絡が全体として見えるのである。

一例を挙げてみよう。

この程、アメリカのゲイツ国防長官が来日して、「決めたとおりに普天間移転をやれ」と日本を威嚇した。

その意味を田中さんは、米国オバマ大統領の外交顧問であるブレジンスキーがアメリカの新聞に発表した「世界的な政治覚醒」という論文を下敷きにして読み解いている。

つまりゲイツ国防長官はわざと日本のアメリカに対する反感をあおって<日本の政治的な覚醒(つまり日本の自立への決意)>を促したというのである。

わたしも今はそう考えている。

これは韓国で今、何が起きているのか、それから中国で本当は何が今起きているのかを同時に見る目がないと読めない脈絡である。

田中さんは書いている。

<私には、ブレジンスキーが米政府の隠れた戦略として、世界の人々の反米感情を煽って世界的な政治覚醒を進め、世界が米国の支配から独立していくように仕向け、世界体制を単極型から多極型に転換させようとしていると感じられた。・・・世界的な政治覚醒が起きることによって、世界は(コロンブス以来)500年続いた欧米による支配が終わり「中国と日本が台頭する」(the new pre-eminence of China and Japan)と書いてあるのだ。日中台頭の後、いずれインドやロシアの台頭も起きるかもしれないとも書いている。つまり、BRICと同時に日本も多極型世界を主導する国の一つになるという意味のことを、ブレジンスキーはさらりと書いている。>

とにかく田中さんの田中宇の国際ニュース解説はとてもおもしろい。

刺激的で目からウロコが落ちるようである。

まだ読んでいない人は、その有料サイトも含めて、是非これから読んでほしいと思う。

もう一人の未来を予言する人は以下の本の著者である。

■<ドル亡き後の世界
  副島隆彦(そえじまたかひこ)著

わたしはこの本を11月3日に1日で読み終えた。

とにかく読み始めたら最後まで止まらないのである。

すばらしい本である。Safurann20091105

何故そう考えるのか。

それは今回のアメリカのサブプライム及びリーマン破産を発端にした世界経済危機が今後どのように進展していくかがはっきりと書かれているからである。

以下その一部分の趣旨を紹介してみよう。

副島さんによると、2010年から2015年まで、世界は以下のように進展する。

(1) 2010年の3月頃、つまりカナダの冬季オリンピックが終了する2月28日ごろを期してドル、米株、米国債の3つの市場が暴落する。これがアメリカの恐慌突入になる。

(2) その後、少し持ち直す。中国、上海の万国博は5月に始まり、10月31日に終了する。これに合わせた形で2010年の7月あたりから市場は再び落ちて2010年末には暴落する。

(3) 2010年末から2011年初頭にかけて激しい金融崩れが起きる。ドルは70円、60円を目指す。米国債市場が落下を始める。オバマ大統領は辞任してその後はヒラリー・クリントンが米大統領になる。

(4) 2012年にどん底が来る。

(5) その後、3年をかけて、2015年に中国が世界覇権国になる。

これだけはっきりと近未来を予測している人は日本(いや世界)には副島隆彦さんしかいないのではないだろうか。

そして以上の予言はほとんどその通りに推移して行くとわたしは思う。

その理由は副島さんが予言して来た事は今まで、ほとんどそのすべてがそのまま実現しているからである。

今日本を覆っている不安と閉塞感。

その原因は何だろう。

それは先が見えないという事から来ているのである。

人間は先が見えないと大きな不安に襲われる。

人間は先が見えないと、不安と絶望にさいなまれ、最悪、自殺さえしかねない動物なのである。

副島隆彦さんは、はっきりとした近未来の予測図を示して、その不安をぬぐい去ろうとしているのである。

人間は結局先に何があるかを知れば、それがどれだけ辛い苦しい事でも、それなりに対処して乗り越えて行ける動物なのである。

この本は日本で2009年に出版された書物の中で恐らく一番重要な本であるとわたしは思う。

未だ読んでいない人は、出来るだけ早く手に取って何回も繰り返し読んでほしいと思う。

人間にとって一番むずかしい事は何であろう。

それは<未来を知る>事ではないかと思う。

これが人間にとっては一番むずかしい。

長年の研鑽(けんさん)、強靭な精神がいる。

更に、なによりも、耐え忍んできた人間しかそれは出来ないのである。

2009-10-25

ノコンギク

今年もノコンギクの咲く季節になった。

庭のところどころに紺色(こんいろ)のノコンギクが咲いている。Nokonngikuiii20091025

その名のゆかりは<野>に咲く<紺>色の<菊>でノコンギク。

わたしはノコンギクを見ると何故かこころを動かされる。

その場に佇(たたず)んで青紫の花びらと真ん中の金色の筒状花(とうじょうか)をいつまでも見ている。

今でこそノコンギクは我が家では大切に扱われている。

しかし、この家に移ってきた当初は何の花か分からず、花壇を作る時に抜いてしまったのである。

ある時、花屋さんでこれと同じような葉っぱを見た。

Nokonngiku20091016 名札(なふだ)を見ると<アスター>と書いてある。

さては抜いてしまったのは<アスター>だったのかとその時は思った。

アスターは中国原産で、別名<エゾギク>と呼ばれている1年草である。

ところが、抜いたはずのそのエゾギクが何時(いつ)の間にか、再び元の場所に生えて群落を作り始めたのである。

根元の土を掘り返して見ると、地下茎が伸びている。

地下茎で増えていく多年草・・・。

その時にやっと、わたしはこの菊がエゾギクではなく多年草のノコンギクである事を知ったのである。

ノコンギクの原産地は日本である。

楚々(そそ)として静かな美しさをたたえて咲いている。Nokonngikuii20091025

ノコンギクを見ていると、何だか数万年の日本の大地の歴史があたりに漂(ただよ)っているような気がする。

目立たないが、実はしたたかな生命力を持っている。

日本の大地にしっかりと根を張って咲く強い花。

それがノコンギクなのである。

2009-10-12

愛読書

誰にでも、機会があるたびに繰り返し読んでいる、いわゆる愛読書というものがあるのではないだろうか。Daimonnjisou91012

わたしの場合、バッグの中に常時、数冊の本を入れ、散歩の時にも、買い物にも、トイレにも、枕元にも持参し、暇を見つけては読むことにしている。

バッグはコンパクトタイプなので新書か文庫サイズで3冊くらいしか入らない。

まず1冊目は<ヘンリ・ライクロフトの私記(ギッシング著)>である。

何故かわたしはこの本を繰り返し読んでいる。

緑と静寂につつまれた田舎に移って以来、何度この書物を手に取った事であろう。

主人公の1語1語がわたしのこころにつきささってくるのである。

恐らくこの本は著者ギッシングの内奥を吐露したものにちがいない。

つまりこれは形は散文ではあるけれども、実体は彼のこころを映した詩であり、歌であるように思われる。

いわゆる<散文詩>である。

非常に個人的な、孤独な1人の人間の生の声がこの私記からきこえてくる。

繰り返し読むたびに味わいが深くなる。

2冊目は<万葉集>である。Nokonngiku91012

世間では色々な万葉集が出版されている。

しかし試行錯誤の末、わたしが見つけたのは斉藤茂吉の岩波新書版の万葉秀歌上下2冊である。

和歌が読みやすく工夫されている。

それに歌の注釈も多すぎず、少なすぎず適度の分量に抑えてある。

わたしは上下2冊をノリで張り合わせて1冊の本にした。

こうすると、バッグの中に入れて持ち歩くのに大変便利なのである。

朝食のパンが焼ける間に1つの和歌を読む。

今朝、読んだ歌は大津皇子の以下の歌である。

<あしひきの

山の雫(しずく)に

妹(いも)待つと

われ立ちぬれぬ

山の雫に>

(上巻P77、巻2・107)

わたしの場合、1度に2つ又は最大3つの歌しか読まない。

それ以上読んでもこころの中にすんなりと入っていかないのである。

5・7・5・7・7という短いフレーズの中に人のこころの微妙な姿を凝縮したのが和歌である。

それをイザ味わう場合、まず凝縮された中身を自分のこころの中で解凍して暖めるという作業が欠かせない。

その作業に結構、集中力がいるのである。Akatonnbo91012

なにしろ1200年以上も前に生きた人が詠んだ歌を今読んでいるのだから。

少し位の忍耐と集中力をもって読むのは当然の事なのである。

これからも、毎日2-3個の万葉集を読み続けて行こうと思う。

3冊目は学研社の<植物図鑑(ポケット版)>である。

これの大版タイプの図鑑のサイズは約29cmX23cm。

厚さ3cmで重さは1キロもある。

とてもバッグの中には入らない。

ポケット版の方はおよそ新書サイズなのでバッグに入れて持ち歩くのにはちょうど良い。Rinndou91012 

多くの植物を、写真や絵とともに、簡単な説明を付けて載せている。

わたしはポケット版を2冊購入し、1冊は居間に置き、もう1冊はバッグに入れて持ち歩いている。

暇があると、図鑑をパラパラとめくり、目についたページを、ポカーンと口を開けて見ている。

2009-10-07

れんげそう

昨年の5月、わたしは故郷(ふるさと)の村を訪れた。

そこに自宅はもうない。

でも、とにかく村の中をゆっくりと歩いてみたかったのである。Komurasaki91007

朝早く旅館を出た。

そして我家(わがや)のあった方向へとゆっくり歩いて行った。

左手に学校が見える。

わたしが通った小中学校である。

道にそって小川が流れ、センダンの木が並んでいる。

大変なつかしい。

それを過ぎて少し行くと、右側にむかし小さい売店があったところは今ではJAの野菜直販センターになっている。

この道は往時には舗装されていない砂利道であった。

車が通ると砂埃(すなぼこり)が舞い上がっていた。

今ではここから20キロメートル位先にある中都市にむかう高速道路が村を貫いて走っている。

その高速道路によって村が栄えたのではないかと思ったが、良く見ると、反対に村は以外にさびれていた。

春だというのに、人影はほとんどなかった。

何台もの大型トラックだけがうなり声をあげて次々に通り過ぎていく。

要するに村は物流の通り道になっただけだったのである。

幹線道路を右に曲がり山の方に向かう。

バス停近くに売店が何軒か軒を連ねている。
その内の1軒はむかしのまま色々な駄菓子を売っていた。

学校の帰りにいつも眺めた光景が目の前にあった。

わたしは、急にふわふわしたような感じに襲われた。

何だか夢の中を漂っているみたいな感じである。Yamanami91007

少し行くと川があり2つの橋がかかっていた。
1つは古い石橋。

もう1つは新しい鉄製の橋である。

わたしは古い方の石橋を渡った。

橋の真ん中で川を眺めた。

中州には葦が茂り、清らかな水が音を立てて流れている。

毎日学校の行き帰りに見た風景である。

橋を渡るともう山が迫っている。

なだらかな山並みに沿って家と田畑が点々と見える。

殆どが農家である。

ふと田んぼの土手を見るとうっすらとした赤紫の色の線が目に入ってきた。

あれは何だろう?

そう思って近づいてみると、< レンゲソウ>である。

レンゲの花が土手に沿って続いているのである。

わたしはレンゲソウの花を1つ手折って手帳にはさんだ。

あれは昭和34年(1960年)の頃であった。

わたしの少年時代である。

まだあの頃は、田植え前の田んぼにはレンゲソウが咲き乱れていた。

春の日曜日の午後。

うららかな日和(ひより)に誘われてわたしは外に出た。

友達の家に行ったが彼はいなかった。

帰り道の事である。

ぽかぽかと暖かい。Mizuhiki91007

わたしは田んぼに厚く茂ったレンゲの花のふとんに仰向けになった。

頭の先、鼻の先には赤紫のレンゲの花が見える。

どこかで蜜蜂がぶんぶんとうなっている。

目の前には澄み切った青い空が広がっている。

その中を真っ白い1つの丸い雲がゆっくり東の方へ流れていく。

わたしは、いつの間にかウトウトと眠りに落ちていた。

9月の末、わたしはレンゲソウの種を買ってきて自宅の庭の至る所にまいた。

花壇にもまいた。

鉢とプランターにもまいた。

畑の畦(あぜ)にもまいた。

垣根の木の根元にもまいた。

庭の入り口にもまいた。

2週間後、レンゲソウの芽がいっせいに顔をだした。Renngesounome91007

丸い、かわいい、たくさんの葉っぱを繁らせながら・・・。

<レンゲソウ>。

それはわたしの<心のふるさと>なのである。

2009-09-11

嵐の前の静けさ

再び9月11日が来た。

8年前の、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件。Kosumosu90911 

あの世界貿易センタービルの崩落の瞬間の光景を思い起こすのはわたしだけではないだろう。

しかしその世界貿易センタービルの隣にあった世界金融センタービルにリーマン・ブラザーズ社が入居しており、同時テロで社員1名が死亡していた事はあまり知られていない。

更にそのリーマン・ブラザーズ社が破綻したのは、昨年2008年の9月15日である。

9.11と9.15・・・・。

どちらも9月である。

世界を震撼させる出来事が2回、アメリカにおいて、<9月の半ば>に起きているのである。

何だかイヤな予感がする。

今年の9月には何が起きるのだろうか。

果たして米国発の大激震が再び起きるのだろうか。

そういう目で、世界を見渡して見ると・・・。

何と驚くべき事に、世界中で株がどんどん上昇しており、あらゆる機関が楽観論をふりまいているのである。

人々のこころの中にわだかまる不安と、株式市場の隆盛は<奇妙な対照>を示しているのである。

果たしてどちらが本当なのだろう。

人々の不安か。

それとも株式の上昇か。

今、世界はその光と影の中で激しく揺れ動いている。Kumo90911_2

しかし少し冷静になって考えてみよう。

論理的に言えば、以下のように考える事が出来る。

●楽観的な方に考えれば、事が起きた場合への対策や、準備が前もって真剣にできないおそれがある。

●もし悲観的な方に考えれば、少なくとも事が起きた時に対する対策や、準備を今のうちに出来るだけ整えておく事ができる。

つまり、重要な物事に関しては悲観的に、厳しく見る方が最終的には正しいのではないだろうか。

<備えあれば憂いなし>なのである。

特に次のような点を見れば、それは明らかであるように思われる。

■現在の株価の上昇は、世界主要各国が協調して実施した景気刺激策の結果に過ぎない。実体経済に基づく、持続的な景気回復を意味するものではない。Kumonosu90911

■現在、ドルの下落が止まらない。金価格は上昇中である。

アメリカの住宅ローン物件のうち23%が債務超過になっている。つまり、4軒に1軒が実質破綻状態なのである。更にドイツ銀行の試算によると、2011年における債務超過物件は、48%まで増えるとされている。つまり、およそ2軒に1軒が破綻するのである。アメリカの不良債権問題は解決に向かうどころか、実際には、むしろ年々悪化しつつあるのである。

■という事は米金融機関の損失はどんどん増加している訳である。それがバランスシート上では、隠されていて、表に出ていないだけなのである。

わたし達は現在、<嵐の前の静けさ>の中にいるのではないだろうか。

光と影。
あなたはどちらを信じますか?

2009-09-07

手入れの思想

田舎の家に移ってきた最初の年は本当に大変だった。

夏になるとアッと言う間に庭と庭の周りに草が伸びる。

<草ぼうぼう>とは良く言ったものである。

毎日午前中は家内と一緒にぼうぼうと伸びた草を取り、草を刈った。

30分もすると汗が首筋から流れ落ちてくる。Isogiku90907

背中はもう汗だくだくである。

それはまるで草との戦争である。

それが夏の間、延々と続いた。

未だ堆肥を作る事も知らなかったので、取った草はプラスチックの袋に入れてゴミとして出した。

ゴミ出しの日は大変である。

自転車で4-5袋の草を遠くのゴミ出し場まで何回も何回も運んだ。

庭木もどんどん伸びていく。

でも、それをどうやって剪定して良いのか分からない。

図書館に行って庭木の剪定の仕方に関する本を借りて読んだ。

しかし、それを読めば読むほど、イザ、実際に剪定をするとなると皆目分からなくなるのである。

仕方がないので無手勝流のやり方で、メチャメチャに切った。

そのような悪戦苦闘の1年が過ぎた。

1年を過ぎた頃、毎日庭を歩いてまわる事がわたしの日課になっていた。

早朝と夕方の2回、わたしはハサミを持って庭をまわる。Asanosora90814

庭に転がっている石ころ、垣根に咲いている朝顔の花、自分の背丈ほどに伸びたコスモスの花壇、先週植えたキャベツとタマネギの畑。

庭にある全部のモノに目をこらし、それらを良く観察する。

毎日毎日、この<庭巡(めぐ)り>を繰り返しているうちに、庭と畑のすべてのモノがあたかも自分の身体(からだ)の1部であるかのような気持になっていった。

そして庭や畑のちょっとした変化もピンと感じ取れるようになったのである。

プランターに育てているホウレンソウに小さいコメツキバッタが2匹もいた。

すぐに手で取り除いた。

その後、納屋から虫除け用のネットを取り出して、プランターに張った。

垣根のアカメモチの芽がこのところの雨でひどく伸びている。

さっそく、長い剪定バサミでチョキチョキと伸びた芽を切った。

庭のサツマイモ畑のツルが伸びて棚から垂れ下がっている。

短く切ったヒモで、ツルを棚に固定した。

納屋の裏のキャベツ畑を見ると、鳥が食べたのか、沢山の柿の実が畑に落ちている。

すぐに落ちた実を堆肥場に持って行って捨てた。

庭や花壇に生えた草は見つけ次第、手で抜き取り堆肥場に持っていく。

観察と、その場での対応。

それを毎日毎日繰り返した。

こうして、わたしはようやく<草ぼうぼうの庭>とはオサラバする事が出来たのである。

先日、養老孟司さんの<いちばん大事なこと>という本を読んでいたら、次のような意味の1節があった。

 ●日本人は自然と戦うのではなく、
   <手入れ>という独自の思想で
    自然とつきあってきた・・・・。

ああそうだったのか。

毎日の庭周(にわまわ)りと、庭の変化にその都度(つど)対応する、自然との根気のいる綱引きのやり方が<手入れ>なのだと気がついたのである。

毎日、隅々まで観察しているので、少しの変化も見逃さない。Shiroza90814

日々の観察に基づいて、ちょっとした変化にも対応していく人間の行動の仕方が<手入れ>なのである。

このやり方は優れている。

<これはああしなさい、あれはこうしなさい>というマニュアル方式は、まず頭の中にプランとかデザインがある、いわば<頭入れ>方式である。

自然の観察に基づいての微調整の積み重ね、自然と人間とが一体になるのが<手入れ>方式である。

わたしはいつの間にか、上記の<頭入れ>のやり方から、<手入れ>というやり方に移行していたのである。

<手入れ方式>を身につけて以来、わたしは庭や畑と以前より気楽に付き合えるようになった。

とりあえず、変化に対応して即、その場で手を入れる。Ariakenotsuki90814

それでうまく行く時もある。

失敗する時もある。

失敗したら、次には別の手を入れる。

忍耐強く、積み上げていく<手入れの哲学>である。

何百年間もの間、村々において、うまずたゆまず積み上げられてきた、自然と人間の微調整の結果。

それが今、わたし達が見る緑豊かな里山の自然なのである。Satoyama90907

それは決してだれかが<頭入れ>のやり方で計画して出来たものではないのだ。

村の人々とその周りの田畑や山々は渾然1体のモノなのである。

その2つは決して切り離す事はできない。

ちょうどイチローと野球が1体であるように。

2009-08-09

だれにでもできる農業

今、多くの人が<農業>に注目している。

<農業>までは行けないが、<野菜作り>や<菜園>ならやってみたい。Hotokenoza111 

そういう人も多いのではないだろうか。

しかし具体的な行動に出る人はまだまだ少ない。

では何が行動のネックになっているのであろうか。

どういう理由でその一歩を踏み出す事が出来ないのか。

まず考えられるのは、一歩を踏み出す為の<きっかけ>である。

もう一つは<不安>である。

人は<未知のモノ>に対して<不安>をいだく。

農業や野菜作りの<全体像>が見えないのである。

その全体のイメージがつかめない。

全体の姿が見えない限り、人は<不安>の中で立ちつくして行動には出られない。

わたしが菜園に取り組んだきっかけは<ハーブ>であった。

その頃、わたしは都会で3DKの貸家住まいをしていた。

ある日、家内がどこからか小さい<ハーブ・セット>をもらってきたのである。

手のひらの上に載(の)るほどの小さい器と土、それに3種類くらいのハーブの種が入った<ハーブ・セット>である。

何気なくわたしは説明書の通りに器に土を入れ、水をかけ、その上にハーブの種を播(ま)いた。

それを窓際におき、時々水をやりながら様子をみていた。

1週間後ほどすると、緑色の小さい芽が出てきたではないか。

ネギのようにまっすぐに立つものもあれば、アサガオのように双葉のものもある。

わたしは100円ショップで素焼きの鉢や土や肥料を買ってきた。

ハーブの芽が適度に大きくなったので、1つ1つ鉢に移植していった。

毎日、早朝、会社に行く前に窓際に置いたハーブの鉢に水をやるのが日課になった。

こうしてわたしはハーブが家の中で日に日に大きく育っていく姿を見る事ができたのである。

そのハーブは<スペアミント >、<アップルミント>、<ディル>の3つである。

中でもわたしが好きだったのは<アップルミント>である。

仕事から帰ると、窓際の明るいソフトな緑のアップルミントの葉っぱを見る。

ミントの葉っぱを半分ちぎって匂いをかぐ。

さわやかな香り・・・。

ホッとした安心感がわたしのこころに広がっていく。

こうしてわたしは植物を種から育てるという楽しさを味わったのである。

田舎に移ってイザ野菜作りを始めようとした時にわたしがぶつかった壁は<不安>であった。 Watarasegawa888   

野菜の栽培についてわたしは全く何も知らないのである。

すべての<不安>は<無知 >から来る。

無知は不安の源なのである。

まわりには野菜作りを教えてくれそうな人は誰もいない。

わたしは本屋さんに行って野菜菜園に関する本を何冊も買ってきた。

5冊くらい読んだと思う。

しかしいくら説明書を読んでも野菜作りのはっきりとしたイメージがどうしてもわたしの中に生まれてこないのである。

<何故だろう?読んでも読んでもわたしの中の不安は消えない>。

不安がある限り、人ははっきりとした行動には出られない。

中でも次のような疑問が大きな障害となって前進をはばんでいた。

●狭い庭で果たして野菜菜園が出来るのだろうか。
●無農薬栽培は本当に可能なのだろうか。
●化学肥料は使いたくないが、どうすれば良いのか。
●機械は使いたくない。どうすれば普通の農具で菜園ができるのだろうか。

わたしは悩み、苦しんだ。

そしてその苦しみの中で次の書物に出会ったのである。

自給農業のはじめ方>、
   中島正著、
   農文協出版。

上記の本を読み始めて驚いた。

わたしの中にある<不安>が1つまた1つと消えていくではないか!

そして本を読み終えた時、わたしはこの庭で野菜を作っている自分の姿をはっきりとイメージする事ができたのである。

<何故だろう?>。

他の書物は読めば読むほど、頭の中が混乱してしまう。

それらの本と中島正さんの自給農業の本はどこが違うのだろう。

その違いをまとめると次のようになる。

■上記の中島正さんの本は初めから最後まで1つのはっきりとした考えに基づいて書かれている。

■その1貫した基本理念こそ初心者が1番必要な<エトス(基本的なこころのあり方)>なのである。昔は農家の息子は農家を継いだ。息子は親の仕事を手伝いながら、農業のやり方を肌から吸収していった。親の背中を見ながら、生活の中で、基本的なこころのあり方(エトス)を会得する事ができたのである。

■中島正さんの上記の本は実践の書である。彼は実践の為の説明しかしていない。無駄な説明が1切省かれているのである。だから読者はそれが理解できるまで、何度も繰り返し読む事になる。わたしの場合すでに5回以上読んだ。その内1回はノートを取りながら精読した。その後も繰り返し読み続けている。

■中島正さんは、<誰にでも出来る自給農業>というビジネス・モデルについて書いている。しかし彼が本当に書きたかったのは、<1人の人間はどうすれば自立した生活が営めるのか>というものではないかと思う。つまりこの本の本当のテーマは<自立した人間の生き方>なのである。そこが他の農書と全く違う点なのではないかと思う。 Nokannzou777   

■中島正さんは一切言葉を飾らない。いつも本当の事をズバリと書いている。どうすれば、できるだけ、何もしないで、楽をして天与の作物の実りを手にする事が出来るか。その点に集中しているのである。作物というのは本来<人間が作る>ものではない。<自然が作る>のだというのが彼の基本的な認識なのである。わたし達に出来る事は、出来るだけ何もしないで自然からその出来たモノを感謝のこころでいただく事なのではないか。そのように考えた時、わたしのこころの中のわだかまりと不安は消えてなくなっていたのである。わたしは失敗を恐れていた。しかし自然は本来、いついかなる時でも間違うということはないのである。

■無農薬栽培についての基本は彼の次の言葉に集約されている。
<20%は虫にやり、80%を人がもらう >。

■化学肥料を使わないという点について、彼は書いている。
<わたしは養鶏を始めてから50年間、作物の肥料はずっと鶏ふんだけで、米もムギも芋も野菜もつくってきたが、ただの1度も不作でとれないということはなかった。オール鶏ふん単用、ほかはひとすくいの化学肥料も、ひとさじの農薬も使わない。それで作物は必ずとれるのである>。

■農業機械については以下のように書いている。
<この書でおすすめする農業は"自分の食い扶持は自分でまかなう"という家庭菜園型の手づくり農業であるから、専業農家が使う農業機械はまったく必要としない。・・・・石油に依存するものはいっさい使わない>。

わたしは不安から解放され、喜び勇んで野菜菜園に取り組む事ができるようになった。

庭先を耕し、畑を作った。

裏庭も耕して小さい菜園に作り変えた。

そしてそれでも足りない分はプランターで補う事にしたのである。

未だにニワトリは飼えない。

だから当面、鶏糞(けいふん)は店から購入する事にした。

未だに米とかムギの栽培はできない。

だから今は野菜だけを栽培する事にした。

わたしは上記の本と合わせて、次の書物を頻繁に参照している。

自然農・栽培の手引き
   鏡山悦子著、
   南方新社。

個々の野菜栽培の詳細な説明が実践に即して、イラストとともに記されており、大変分かりやすい。

今までの菜園の成果はナス、キュウリ、タマネギ、カボチャ、、ホウレンソウ、ニンジン、ニラ、ピーマン、ジャガイモ、コマツナ、ミツバ、アオジソ等である。

そうなのだ。

これらの野菜はすべて、太陽と土のたまものなのだ。

そしてそれらは、おてんとうさまのもとで、ゆっくりとした時間をかけて、押し合いへし合いしながら大きくなっていったものなのである。

わたしは隅の方で、ちょっとだけお手伝いをしたまでの事。

上記の2人の著者に対してこころから<ありがとう>と言いたい。

そして

おてんとうさまに合掌。

2009-08-07

庭先サツマイモの作り方

わたしはサツマイモが大好きである。

終戦後の食料難の中で母は畑でサツマイモを作り、幼いわたし達に食べさせてくれた。Musukumarou90807

<サツマイモを是非自分で作ってみたい>。

そう思い、庭先に3畳ほどの畑を作った。

いざサツマイモをそこに植えようと考えた時、大きな壁にぶつかってしまった。

サツマイモのツルは2-3メートルの長さに伸びる。

という事は下手(へた)をするとサツマイモのツルは畑を乗り越えてどんどん広がり、最後には庭を覆い尽くし、足の踏み場もなくなる可能性がある。Fenneru88 

どうすれば良いのだろう。   

わたしは悩み考えた。

ある日の事。

何気なしに、机の上にあった本をペラペラとめくっていると一つの写真がわたしの目に飛び込んできた。

三本の竹竿(たけざお)に絡みついたサツマイモのツルの写真である。

<これだ!>。

とわたしは心の中で叫んだ。

<要するにサツマイモのツルを土に這わせるのではなく、棚を作って上の方に誘導すれば良いのだ>。

キュウリを作った時に竹の棚にキュウリネットを張った事がある。

<あのやり方をサツマイモに応用しよう>。Bogguseejicc   

こうして<庭先サツマイモ作り>の全体のイメージが出来上がったのである。

早速、ホームセンターに行き、2メートルの竹竿20本とキュウリネット3個を買い求めた。

それから畑をもう一度耕(たがや)した。

サツマイモは肥料過多を嫌う。

だから畑には肥料は全く入れない。

3つの畝(うね)を作り、その全体を黒マルチで覆った。

こうすれば畑には草は生えないので、その分、手間が省けるのである。

買い求めた竹竿を土の中に打ち込み竹の柵を作る。

その上をキュウリネットで覆う。

梅雨(つゆ)に入る少し前の5月24日。

なじみの種苗店に行ってみる。Satsumaimonotanabb_2

店先にはバケツの水に浸した20cm位のツルの束が既に置いてあった。

<ベニアズマ>と<キントキ>の2種類の挿芽用(さしめよう)のツルである。

各々5本づつこれを買い求め、定植するまでの間、ツルは水を入れたバケツの中に保管した。

次の日に、畝(うね)を覆っている黒マルチをナイフで5cm位切り裂き、4cm位の深さにサツマイモのツルを植えていく。

幸い翌日は雨である。

サツマイモの挿芽は梅雨の雨の中で根を出し、大きく育ってゆくのである。

1つ注意すべき事がある。

サツマイモのツルはキュウリのように自分で棚に巻きつく力はない。

だからツルが伸びてきたら、それを誘導して棚に巻きつかせる必要がある。

わたしは園芸用のポリプロピレンの紐(ひも)を短く切って、それでサツマイモのツルを棚やネットに縛り付けることにした。

毎日、早朝、サツマイモの様子を観察して、伸びているツルを棚やネットに誘導するのがわたしの日課になってしまった。Satsumaimonotana90807

現在8月初め、サツマイモは棚を覆い尽くす勢いである。

サツマイモの収穫は10月である。

大きなサツマイモが沢山とれますように。

ふと中学の頃に学んだ英語のフレーズが浮かんだ。

<Where there's a will, there’s a way>

2009-07-31

一輪の花

庭の入り口に3メートル近いアオキがある。

青々と茂った大きな葉っぱ。

元気いっぱいのアオキである。Aojiso090731

半年も前のある日の事である。

わたしはいつものようにアオキを見ていた。

その時、チラッと別の木が見えた。

良く見ると奥にもう一本の低木があるではないか。

アオキの木の陰で、太陽の光を受ける事が出来なかったのだろう。

殆ど葉っぱはなく、骨と皮だけのやつれ果てた姿であった。

わたしは早速、アオキの枝を払って太陽の光が奥の低木に当たるようにしてあげた。

そのうちに木は徐々に回復して葉を茂らせるようになった。

<何の木なのだろう>。

わたしは何度も心の中でつぶやいた。Asagao90731

葉には独特の艶(つや)がある。

特にその若葉は美しい。

明らかにアオキのゴツゴツした葉とは違う。

ある日、わたしは庭の小さい池の近くにある40cm位のクチナシの木を見ていた。

<これだ!>。

早速その葉っぱを一つ摘んで急いでアオキの奥の木の葉っぱと比べてみた。

ピッタリと同じ葉っぱである。

<クチナシの木だ!>。

わたしは心の中で叫んでいた。

それ以来、牛糞(ぎゅうふん)や枯れ草を木の根元にかけたりして、その木の世話をしてきた。

今日、庭の草取りをしながら、ふと頭を上げると、庭の入り口のアオキの木の近くに白いモノが見えた。

駆け寄って見ると、降り始めた小雨の中に真っ白い大きなクチナシの花が咲いていた。Ooyaekuchinashi333   

でもわたしが知っているあの羽(はね)を広げたような形のクチナシの花とは違う。

<おかしいな・・・>。

本棚の植物図鑑を取り出して調べてみる事にした。

<クチナシ、クチナシ・・・>。

索引のクチナシのところを急いで開けてみる。

するとクチナシの花の写真の横に今見た花の写真が載っているではないか。

その名はオオヤエクチナシ。

こうしてわたしは遂に<大八重クチナシ>に出会う事ができたのである。

2008-09-11

山川草木に合掌

わたしは元来、胃が弱く正露丸が離せなかった。

ラッパ印の正露丸がいつも台所の引き出しの中に入っていた。Kurinoki20080911bb

それを飲んで仕事に出かける事が多かったのである。

家内はそんなわたしの姿を、<また薬なの・・・>と心配そうに見ていた。

わたしの胃弱は母からの譲り物かも知れない。

思い返すと、毎日多忙な母にとって正露丸なしの生活は考えられないほどであった。

わたしも仕事の多忙さとストレスの中で正露丸依存症になりかけていたのかもしれない。

そんなわたしが今では殆ど薬を飲まなくなった。

何故だろう。

それは現役を退いて、田舎に移ってストレスがなくなったからではないかと思う。

わたしはもともとは田舎生まれである。Kyuurinohana20080911cc

生粋の都会人ではないのである。

だからいまは古巣に帰ってきたような気持ちがする。

周囲には山と川があり緑の自然に満ちている。

温度も都会と比べると2-3度は低い。

早朝、家のまわりをゆっくりと歩く。

霧のかかった山を見上げ、庭の木々や草花を見る。

秋ジャガイモの植わった小さい畑を良く観察する。

プランターのミニトマト、ナスビやキュウリに水をあげる。

夕方、庭をまわっているとそこここに赤とんぼが飛んでいる。

なつかしい。

少年だった頃に戻ったみたいである。

あの頃は数え切れないほどのたくさんの赤とんぼが稲田の上を飛んでいた。

佐々木小次郎のまねをして、竹棒を振り回しトンボを追いかけていたのを思い出す。

昨日は久しぶりの快晴である。

夜暗くなって、庭に出てみると澄んだ空にお月様が出ていた。

半月である。Higanbana20080911aa

あたりには虫の音がきこえる。

早速、双眼鏡を持ち出してお月様を見た。

半月の光と影の境目に大きなクレーターが輝いているのが見える。

月のすぐ横に宵の明星、金星が瞬いている。

夜の星を見上げたのは久しぶりである。

田舎ではまだ山や川や草木や星が生きている。

その片隅に生きている小さな自分がある。

虫の音だけがあたりいっぱいに響いている。

わたしは双眼鏡を首にかけたままいつしか月に向かって手を合わせていた。

2008-09-08

ジョージ・ギッシング

本屋さんで岩波文庫の棚の本を何気なく見ていると奇妙なタイトルの本があった。

ヘンリ・ライクロフトの私記>。Kakinoha20080904aa_3   

さっそく手にとってペラペラとめくって拾い読みをした。

<私は新しい生活へはいっていたのだ。それまでの私と、その生まれ変わった私との間にははっきりとした相違があった。わずか1日のうちに、驚くほど私は成熟していた。いわば、知らないうちに徐々に私の内に生長していた力や感受性を、私は突然はっきりと知るにいたったのである。その1例をあげるならば、それまで私は植物や花のことはほとんど気にもとめていなかったが、今やあらゆる花に、あらゆる路傍の草木に、深くこころをひかれる私であった。歩きながら多くの草木を摘んだが、明日にも参考書を買って、その名前を確かめようと考え、独りで悦にいっている私であった。事実またそれは1時の気紛れではなかった。そのとき以来、野の草花に対する私の愛情と、それらを皆知りつくしたいという欲望を失ったことはないからである。当時の私の無知ぶりは今から考えると真に恥ずかしいものだったが、要するに、都会に住んでいようが田舎に住んでいようが、とにかく当り前の人間のごたぶんにもれなかっただけの話である。春になって、垣根の下から手当たり次第に摘んできた5、6種の草の俗名を、はたして幾人があげることができようか。私にとっては、花は偉大な解放の象徴であり、驚くべき覚醒の象徴であった。私の目が突如として開かれたのである。それまで真っ暗闇の中を私は歩いていたのだ、しかもそのことに気がつかなかったのである。・・・>

わたしは驚いた。

それはわたしが体験してきた事ではないか。

急いで他のページを拾い読みする。

<”家”をもつということの、なんといいいようのない祝福感!30年間も想像をたくましくしてきたものの、いつまでも”わが家に住める”という安心感のうちに、なんというしみじみとした豊かな喜びが潜んでいるかということは、ついぞ私には理解できなかったものである。・・・われわれがわが家にすむとき、近くにあるあらゆるものに対していかにわれわれの愛情がわいてくることであろうか。私はかねてからいつもデヴォン州のこの1隅をいとおしく思っていたが、現在日1日と私の心のなかで強くなってゆく愛情と比べたらそれはものの数ではない。まずわが家だが、その1本の木、1個の石も、自分の1滴1滴の血のように親しみ深く感じられる>。Akijyagaimo20080904cc_3

これも、わたしが感じている事である。 

誰だろう。

この文章を書いたのは。

すぐに著者名を見る。

ギッシング作。

イギリス人らしい。

わたしは取りあえずすぐにその本を買い、急いで帰宅してインターネットでギッシングについて調べてみた。

ジョージ・ロバート・ギッシング(George Robert Gissing、1857-1903年)。

夏目漱石が生まれたのが1867年。

つまりギッシングは夏目漱石より10才位若いということになる。

という事は夏目漱石が学んでいたヴィクトリア朝末期の同じロンドンでギッシングも生活していたかもしれないのである。Kibanakosumosu20080901bb_2

“ヘンリ・ライクロフトは長い貧乏作家生活の後、突然、知人の遺産を得て、かねてから好きだったイギリス西部のダヴォン州の家で悠々自適の生活を送る。”

それが<ヘンリ・ライクロフトの私記>の背景である。

ギッシングはライクロフトという人物に託して、自分の理想とする老後の生活や信念、長い貧乏生活の思い出、美しいイギリスの自然などを春夏秋冬の4章の中に随想として書いたのである。

ギッシング自身は恵まれた老後を送ることはなかった。

彼は上記の本を出版して数ヵ月後に肺炎で亡くなっている。

わたしはギッシングというイギリスの作家の心根にこの作品を通して少しだけ触れることができたのではないかと思う。

そして都会を離れ田舎で生活しているライクロフトに今の自分をいつの間にか重ね合わせていたのに気が付いたのである。

2008-09-06

週末の散歩

今日は土曜日。

週末でゆっくりしている。

午後、自転車で散歩に行った。Akatonbo20080904bb_2

公民館の横を通り、広い田んぼの真ん中を突き抜ける農道を自転車で走る。

草が生えている狭い農道である。

耕運機の轍に自転車がのめりこまないようにバランスをとりながら走る。

ふと右側を見ると一面に豊かに実った稲の穂がサワサワと揺れている。

すばらしい稲田である。

とても気持ちが良い。

その向こうを見ると、私の好きな円錐形の山が見える。

あたかも緑のピラミッドである。

農道の真ん中にポツンと1本の大きな栗(くり)の木が立っている。

その木の下をゆっくりと走る。

沢山のイガグリが道に落ちている。

それをよけて走る。

農家の人がクワを担いで向こうからやってくる。

帽子を取って<こんにちわ>と丁寧(ていねい)に挨拶した。

少し行くとせせらぎの音が聞こえてくる。

橋を渡る。

石にぶつかっては砕ける川の水を橋の上からぼんやりと見つめた。

このあたりから上り坂になるので懸命にペダルをこぐ。

左側に立派な中学校の校舎が見えてきた。

山に囲まれた、自然豊かな学校で学べるというのは子供たちにとって大きな幸せである。

学校に子供たちの元気な笑い声があるかぎり日本の未来は洋々と開けていると思う。

自転車の上から私が気をつけて見るのは周囲の畑である。

色々な作物が育っている。

ナスビはすっかり背丈が大きくなった。

紫色のナスビが沢山実っている。

それから生い茂るサツマイモ畑が続く。Kaki20080901ee_2

マルチだけがかけてある畑もある。

何を作ろうとしているのだろうか。

あちこちの畑で目立つのは大きなサトイモの葉っぱである。

巨大な葉っぱがぎっしりと重なり合って続いている。

サトイモの葉っぱはこんなに大きくなるのかと目をみはりながら自転車のペダルをこぐ。

<畑ウォッチング>はとても楽しい。

散歩道に沿ってあちこちに民家がある。

その庭に植えてある花を見るのも散歩の楽しみの1つである。

<花ウォッチング>である。

塀にそって植えられている黄色のカンナの花やキバナコスモスが美しい。

マーガレット・コスモスもある。

反対側の道に沿って咲いているピンクの花はハナトラノオであろう。

たくさんのハナトラノオが1団になって咲いている。

自転車をバックさせて、もう一度じっくりと花を観察する。

出来ればそのうちの1本だけを掘り出して自分の庭に植えてみたいなという衝動にかられる。Kumo20080901gg

でもそれは良く考えるとドXXウではないか。

ドXXウはいけない・・・と再び自転車に飛び乗って散歩を続ける。

山の中の舗装された車道に出る。

でも車はほとんど通らない。

道は上り坂と下り坂が交互に混じっている。

上り坂をフウフウ言いながらこぐ。

下り坂では前から風を受けて猛烈なスピードで走る。

恐ろしくなるほどである。

まわりの山々にはうっすらと霧がかかっている。

雨が降り出す兆候である。

わたしは自宅を目指してペダルをこぎ続けた。

2008-08-30

万葉集

万葉集を読んでいる。

岩波文庫にある佐々木信綱編の上下2冊である。Fusafujiutsugi20080827bb

読み始めたが、最初は中々とっつきにくかった。

他に何か読みやすい万葉集はないかと色々とあたってみた。

例えば講談社文庫の中西進編の万葉集4巻とか、集英社文庫の伊藤博編の全10巻とかである。

毎日気分に応じて交互に読み進めた。

でも結局、最後にいつも枕元にあるのは岩波の2冊なのである。

4500首という膨大な数の歌を上下2巻の読みやすい形の中にまとめ上げた佐々木信綱さんの努力。

それに対していつの間にかありがたいと感謝している自分があった。

何故だろう。

何故わたしは佐々木さんの2冊に引きつけられるのだろう?

考えてみると色々な理由がある。

1番の理由は、たった2冊だから、わたしでも最後まで読破できるだろうという<希望>を与えてくれるからである。

他の万葉集は4冊と10冊である。

佐々木さんのものはその半分あるいは5分の1である。

旅に出る時などは、2冊をさっとカバンに入れる。

これで万葉集がまるごと旅の道連れになる。

これは大変ありがたい。Higanbana20080830aa

もう一つの理由は中西さんの文字のサイズが比較的、小さくて読みづらいのである。

わたしは寝る前にベッドの中で読む事が多い。

そうするとどうしても佐々木さんの方に手が伸びてしまうのである。

では伊藤さんの10巻はどうなのだろう。

これは初めから終わりまで、1つの読み物として通読できるような形になっている。

歌とその解説が連続しているのである。

それぞれの歌の歴史的な背景や、歌の解釈。

それに歌の作者に関する説明等が続く。

初めのうちは喜んで読んでいた。

しかしそうこうするうちに、これが少しうっとうしくなる。

というのは今度はその説明の部分に分からないところが出てきて、気がつくと、肝心の歌という焦点がぼやけてしまうのである。

やはり歌そのものに光があたっている方が良い。

佐々木さんは、読者が歌から歌へ自分の想像力を駆使して読んでいくのを期待していたのである。

最小限の注釈は歌の下の部分にある。

それで十分だと考えたのである。

もともと万葉集は大部である。

そのすべての歌を全部理解する事は至難である。

むしろ、より重要な事は読者が自分の想像力を頼りに、夫々の歌のこころの中に入っていく。

全部の歌を理解する必要はない。

自分の触覚に感じる歌があれば、それを何回も繰り返し味わう。

それが大切なのだと考えたのだろう。

だから気軽に携帯できるように2冊に収めようと努力したのに違いない。

上記の3種類の万葉集には各々にその特徴がある。

だから読者によって、これを好む人、あれを好む人と色々あるだろうと思う。

冊数が少なく大き目の文字が好きな人は佐々木さん。

原文、全訳、注釈つきのものが好みの人は中西さん。

万葉集を詳しい説明と一緒に読み物として読みたい人は伊藤さんという事になる。

わたしはまだ万葉集を読み始めたばかりである。

しかしそれでも万葉集は以外に分かり易いと思う。

それは例えば芭蕉の俳句などと比べてみればすぐに分かる事である。

芭蕉の俳句はパッと読んで分かるものは以外に少ない。

古い万葉の歌の方が、新しい芭蕉の俳句より、現代人にとって分かりやすい。

それがどこから来るのかは良く分からない。Teppouyuri20080827aa

わたしが直感的に言える事は万葉集は未だ大陸の影響が少ない8世紀に成立したもので、日本本来のこころが未だその中に残っているのではないかという事である。

朝鮮や中国の影響、それに仏教や儒教がまだ深く浸透していない時代の歌なのである。

万葉集は、いわば1万年ほど続いた<縄文>を引きずっているのではないか。

だから同じ日本人のDNAを持つわたしのこころに素直に響いてくるのではないか。

そう思うのである。

例えば次の歌。

<東(ひむがし)の
野にかきろいの立つ見えて
かえりみすれば
月西渡(つきかたぶ)きぬ>
(万葉集48)

(東の方を見ると
日の出の太陽が
いま昇ろうとしている。
広い野原のうしろを
ふり返ると西の空には
月が山の上にかかり
沈もうとしているところである)。

日本のどこにでもある風景が平易な言葉で詠まれている。

何処からともなく、次のような歌が浮かんでくる。

<菜の花や
  月は東に
   日は西に
       (蕪村)>

この場合は夕方である。

1面の菜の花畑である。

日が西に落ちて、東からは

今や月が昇ろうとしている。

念の為。

太陽も月も

東から昇り

西に落ちていく。

2008-08-23

ミニ菜園の世界

近頃、おもしろい本を読んだ。

<ちゃんと育つよ。ベランダ・ミニ菜園 >(たなかやすこ著、集英社)という本である。Nasubi80823aa

何がおもしろかったかって?

それはおいおい説明する事にしよう。

まず野菜菜園を初めてやろうとする人は図書館とか本屋さんでそれに関する本を探して読むだろう。

わたしも同じである。

市立図書館で色々な本を借りて読んだ。

でも<初めての野菜作り>等々のタイトルの本はどれも似たりよったりで、最初に<土作り>とか<肥料>とかの基本の説明があり、あとはキュウリとかトマトなどの個別の野菜の作り方の説明が続いている。

だから味もそっけもなく、読んでいておもしろ味に欠けるのである。

それらの本の著者達はそれが客観性を重視した書き方だと考えてそうしているのであろう。

ノウハウ本とはそういうモノだと言えばそれまでである。

しかしわたしはそうは思わない。

どんなノウハウの本も、専門書も所詮は人間が書いたもの。

本当のノウハウ本には、人を引きつけるおもしろさがある。

それと同時に最後には、一人の生身の人間のひそかな息遣(いきづか)いが紙面から伝わってくるものなのである。

わたしが心の奥で求めているもの。Shuumeigiku80823gg

それは野菜園芸の<基本哲学(エトス)>なのかもしれない。

人間が一つの分野に分け入り、集中し、それを持続的にやるには、その世界に入る為の基本姿勢というものを身につけなくてはならない。

例えば、商売人になろうとする人は商品の原価と売価、それに粗利益、コストなどを良く理解しなくてはならない。

しかしそれと同時に最初に身につける必要があるのは、<お客の問題を解決しようとするひたむきな情熱と忍耐>である。

<あきない(商い、飽きない)>の情熱と忍耐をどこかで学び取る必要があるのだ。

上記の本には野菜園芸への情熱が綴られているとわたしは思う。

まず全体の調子である。

この種の本にありがちな<説明風>にではなく、<エッセイ風>に書いてあるのは大変ありがたい。

多くの写真やスケッチやイラストで読者が肩の力を抜いてどんどん読めるように工夫されている。

何よりも大切な点は筆者が何故、野菜作りに踏み込むようになったのかという動機と経過、その後の展開が書かれている事である。

エッセイ風の本文に混じって、個別の野菜の育て方が簡潔なレシピ風に書いてある。

つまり読者は本文を読んでいくにつれて、特に意識しなくても、色々なノウハウを同時に学ぶ事ができるのである。

わたしが驚いたのはノウハウ本の形式にとらわれずに、自由に色々な要素を文庫本サイズの一冊に纏め上げたそのユニークさである。

表装も洒落(しゃれ)ている。

本の著者も書いているが、考えてみるとベランダでの野菜作りには<菜園セラピー>とでも言うことができる<ある種の治癒力>がひそんでいるのではないだろうか。

<森林浴>が人の心と身体(からだ)に良い事は一般に広く知られている。

しかし<野菜のベランダ・ミニ菜園>が同じような効果を秘めている事を知っている人はそれほど多くはないのではないかと思う。

多くの都会人は狭い住居で生活している。

コンクリートで固めた、空調機のある密室風の狭い部屋である。

隣の人には気を使い、会社では人間関係に神経の休まる暇もない。

Teppouyuri80823hh 車社会なので、自然から遮断され、どこまで行ってもまわりは人工的な環境だけが広がっている。

わたし達は皆、ある種の息苦しさと孤独とストレスの中で生活しているのである。

それを打ち破り、広くて深い自然の中の自分を発見する。

それが野菜との出会いなのである。

さあ野菜のあるベランダに出てみよう。

ひと時のあいだ、<ストレスと利害損得の世界>を離れてみよう。

野菜は何も口をきかない。

寡黙なのである。

しかし良く観察すれば、野菜は色々な苦しみとか喜びを表現している。

それを続けていると、段々野菜がかわいくなってくる。

野菜との対話が始まる。

野菜は動かない。

いつでもそこにいて、わたし達の愛情を受けとめてくれる。

写真を撮ってもスケッチをしても何も文句をいわずに受け入れてくれる。

しかし野菜の本来の力を引き出し、めでたく収穫にまでこぎつけるには、こちらサイドにも多くの努力が必要である。

野菜に関する色々な本も読む事になる。

季節季節に合わせて種を撒くには細かい計画を立てなくてはならない。

育児日記があるように野菜の観察・栽培日記もある。

そして、いつの間にか頭脳をフルに回転させている自分がある。

野菜作りはわたし達の脳や意識を活性化するのである。

更に花とか木などの園芸と野菜作りが違う点は<収穫のあるなし>である。

野菜園芸では最後に、葉や根や果実を取り、それを食べるという行為がある。

最後に<味覚>が関係してくるのである。Aoshiso80823cc_2

この点が野菜園芸のユニークなところである。

一言で言えば、野菜作りは<人間の心と身体を新鮮に保つ力>を秘めているのである。

ある日曜日の午後、自転車で散歩の途中、畑の中にいた夫婦に思わず声をかけた事があった。

<すばらしいキュウリですね>とわたしは言った。

そうするとその老夫婦は収穫したキュウリを手にいっぱい抱(かか)えて<これを持って行くか>と自転車の荷物カゴに入れてくれた。

彼らの目は微笑み、輝いていた。

2008-08-22

消えたホウレンソウ

相変わらず家の庭で野菜作りに取り組んでいる。

苗を買ってきて囲い畑で育てたトマト、キュウリ、ナスは比較的順調に育ち、まあまあの収穫があった。Yuri80820aa

中でも驚いたのはピーマンの生命力である。

病気もせず、グングンと大きくなり、今までに8個位の実を取る事ができた。

そして未だ4個くらいの小さい実がなっている。

自分で作ったトマトやキュウリ、それにもぎたてのピーマンを食べた。

柔らかくておいしい。

わたしの小さな<ビギナーズ・ラック>である。

これに気を良くして、今度はタネを買ってきて<直播(じかまき)>に挑戦した。

播く場所は囲い畑ではなく、持ち運びが出来る<プランター>にした。

最初に播(ま)いたのは<ホウレンソウ>である。

数日経って一斉にかわいい芽が出たまではよかった。

でも間引きをして、その後順調に育つかと思ったら、次第にナヨナヨとしてきた。

その後、2週間くらいの間に、土に溶けてなくなってしまったのである。

大失敗である。

ホウレンソウは何故、消えてしまったのだろう?Begonia80820bb

土に苦土石灰を入れるのを忘れたからだろうか。

太陽の光が足りなかったのだろうか。

それとも水のやり過ぎ・・・?。

疑問が疑問をよぶ。

ホウレンソウの失敗で出鼻をくじかれたが、わたしはもう一度、直播栽培に取り組んだ。

今度は<ニンジン>である。

失敗の後だから念には念を入れて細部に注意をした。

幸い順調に芽が出て、その後、間引きや追肥も終わり、問題はないと思っていた。

しかし、数日前の大雨に打たれて、4センチにも伸びていたニンジンの苗は全部なぎ倒されてしまった。

今日の朝、その苗を一つ一つ起こしながら再度、間引きをして、土寄せも行った。

これでどうやら全滅は逃れる事ができたようである。

色々な体験を通じて分かった事は、<野菜は作れない>という事である。

<野菜は結局のところ自分で育つ>のである。

わたしに出来る事は<野菜本来の力>が発揮できるような条件作りである。

毎朝、庭の野菜を見るたびに<ホウレンソウ>の姿を思い出す。

そして思う。

<謎だ。
  あのホウレンソウ。
   あれは何故溶けてしまったのだろう?>。

2008-08-16

天地のドラマ

<あはれいかに
草葉の露のこぼるらむ
あき風たちぬ宮城のの原>
(西行、山家集0013)Akinokumo80816aa

空を見上げて家内がポツンと言った。

<秋の雲ね・・・>。

そういえば高く澄んだ空に薄い雲が流れていく。

吹く風もそこはかとなく秋の匂いがした。

それにしても昨夜の嵐は本当にすごかった。

夜8時ごろであった。

にわかにかき曇って、夕立が来る気配がした。

わたしはバタバタと2階に上がり、開けていた窓を閉めようとふと外の暗闇を見た。

その瞬間である。Retasunome80816dd

強い閃光がパッパッと光った。

家の前の双子山(ふたごやま)の全体が昼間のように光り輝いた。

山の木のひとつひとつが鮮明に見える。

それが2-3回繰り返された。

その時である。

ドドーン、ドドーン。

ガラガラー、ドカーン。

雷の音が響き渡る。

同時に家の電灯が消えた。

Asagao80816ee 停電である。

家内が懐中電灯をもって2階まで上がって来た。

間もなく電灯は元通りについた。

でも雷光に照らされた双子山の姿。

その姿がわたしの心から離れない。

わたしは2階の部屋の電灯を消して、暗闇の中、もう一度、山の方をじっとみつめた。

そうすると今度は巨大な稲妻が山の斜面を裂くように走った。

2度、3度と稲妻が走る。

双子山の全体が強く照らされ、暗闇の中にポッカリと浮かび上がる。

1木1草がはっきりと見えるようである。

このような光景を見たのは生まれて初めである。

大地は女神である。Mukuge80816ff

双子山は横たわる女神の乳房だ。

女神を貫く巨大な雷光は父なる天神。

次々と繰り返される天地の交わり。

厳かな天地のドラマがそこにあった。

わたしは唖然として息をのんで見つめていた。

激しい雷と雨の音を聴きながら。

2008-08-06

狐のいたずら

隣の家との境界の斜面に見慣れない花が咲いている。

橙色(だいだいいろ)をしている。Kitsunenokamisori80806aa

奇妙な事に緑の葉の姿は見えない。

草むらから茎が飛び出して、その先にオレンジ色の花がついているだけなのである。

しかも花は群落をなしている。

斜面はうっすらとしたオレンジ色の花に覆われて、絨毯(じゅうたん)をしいたようになっている。

<あれは何の花なんだろう>。

わたしは庭の草取りをしている家内に尋ねた。

<ヒガンバナじゃない?>と彼女は言う。

でもヒガンバナにしては時期が早すぎる。

Kitsunenokamisori80806bb それにヒガンバナはもっと真っ赤な色をしている。

わたしは庭に出る度(たび)にその花の事が気になって仕方がなかった。

<一体何という花なのだろう>。

心の中でいつもその疑問を引きずりながら、既に一週間が過ぎた。

昨日の夜、居間で植物図鑑をパラパラとめくっていた。

その時である。

あの花の写真が目に飛び込んで来たではないか。

そこで見た花の名前は?

<キツネノカミソリ>。

一瞬わたしは心の中でつぶやいた。

<何じゃこりゃ。
狐(きつね)の剃刀(かみそり)とは・・・>。

急いで説明を読む。

●スイセンに似た葉っぱは夏には枯れてしまう。
●その葉っぱの形がカミソリに似ている。Kitsunenokamisori80806cc
●その緑の葉っぱがパッと消えてなくなり、突然、その場所に派手なオレンジ色の花が咲く。<あの葉っぱはどこに消えてしまったのだろう。もしかして誰かが葉っぱを花に変えてしまったのだろうか>。不思議な感じを与えるので狐に化(ば)かされているような気分になる。だからその花をキツネノカミソリというのだそうである。
●キツネノカミソリの花が咲くのは8月の<お盆>の時期である。
●一方、ヒガンバナは9月の<お彼岸>の頃に咲く。

昔の人はおもしろい名前をつけたものである。

2008-08-04

次のバブル

まだわたしが子供の頃であった。

御飯を食べ終わって<ごちそう様!>と言って立ち上がろうとすると、父が激しい口調で言った。Hana80724gg

<御飯粒がまだお茶碗についているよ。
もったいない。
きちんと最後まで全部食べなさい! >。

1960年代の頃、それは日本のどの家庭でも見られたごく当たり前の光景であった。

当時の子供たちはこうして<もったいないの精神>を親から教え込まれて育ったのである。

ではこの<もったいないの精神>は一体どこから生まれたのであろうか。

考えてみるとそれは<戦後の食料難>という背景から生まれたものである。

第2次世界大戦が終ってみると、国敗れて人々は食べるものがない状況に直面した。

多くの家では、急いで新たに開墾したりして田畑を作り、自家栽培で米や野菜を作って食べた。

Tomato80724cc それでも足りずに、山菜を取って来て栄養を補ったのである。

春のツクシやワラビ取りの思い出が鮮明に蘇ってくる。

その他にカキ、モモ、タケノコ、キノコ、ミョウガ、フキ、サンショウ、セリ、ヤマイモなどを取って来て食べた。

更に多くの家では鶏やヤギなどを飼って卵とかミルクも自家でまかなおうとしていた。

さて、その<もったいないの精神>は現代の日本にまだ生きているのだろうか。

もしかすると<勤勉の精神>と一緒に忘れ去られてしまったのではないだろうか。

賞味期限の過ぎた弁当とか食料が毎日、無駄に捨て去られているという現実がある。

まだ十分に食べられるモノがポイポイと無残に捨てられているである。

テレビを見ると芸能人が大きな口を開けて色々なモノを食べるシーンが次から次へと映し出される。

あたかも食物が自由に手に入る状態がこのままいつまでも続くかのように・・・。

あたかも食物が無限に輸入できるかのように・・・。

何故日本人はこのような幻想におぼれてしまったのだろうか。

<多くの日本人にとって食物がないという経験はした事がない>というのが原因の一つとしてあげられるであろう。

食物がないという事が一体どういう事なのかを想像する事ができないのである。

この頃、おもしろい本を読んだ。

<次のグローバル・バブルが始まった!
   (山崎養世著、朝日新聞出版)>。

この本で山崎養世さんは以下のような意味の事を述べている。

●わたし達はアメリカのサブプライム(不動産バブル崩壊)問題に目を奪われているが、むしろその先にある問題に注意を向ける必要がある。

●その問題とはアメリカとか日本の低金利が次のグローバル・バブルを生み出しているという点である。

●不景気の日欧米から<余った金>がどんどんインド、中国、ベトナム、ブラジル、トルコ、中東、東欧、ロシアなどの高金利で高度成長を続ける新興諸国に流れ出ていく現象が続くだろう。

●もはや日欧米は世界経済のエンジンの役目を果たす勢いはない。現在の世界経済は高度成長を続ける新興諸国にリードされるようになっている。

●今までの円キャリーに加えて、ドルキャリーが巨大な規模で行われ、それが新興諸国に投入され、その結果、世界的な規模のバブルが生じつつある。
新しく30億人規模の人たちが資本主義化して、先進国化を目指して日々、怒涛の前進を続けているのである。

●その結果、わたし達は今、世界的なインフレ時代を迎えようとしている。

●特に食料、エネルギー、水などの諸資源が不足して、世界中に紛争が多発するようになるだろう。

●そして巨大なグローバル・バブルが破裂した時、世界的規模の崩壊に現在の世界経済は耐えられないかもしれない。

●でも100年単位で見ると新興諸国の成長はバブルを乗り越えて続いて行くであろう。誰にもそれを止める事は出来ない。

全体的に見て、その通りであるとわたしは思う。

<飽食の時代>などと日本で騒いでいるうちに、世界の舞台は次のシナリオに向かって急速に進んでいるのである。Sarusuberi80801aa

2015年。

東京のある家庭の様子。

<おいこら、味噌汁を残すやつがあるか。最後まで食べなさい!もったいない!>

ふと外を見ると、家の庭やベランダには野菜栽培用のプランターがぎっしりと所狭しと並べられている。

ニンジン、ジャガイモ、ナスビ、キュウリ。

その家では、ほとんど全部の野菜が自家栽培でまかなわれているのである。

2008-08-01

色々な花

朝早く庭に出ると紫色のアサガオが咲いていた。

透き通るような青を見ていると気が遠くなりそうである。Asagao80801bb

いつまでも見ていたい青色である。

納屋の近くにあるキンカンの木に白い花が咲いている。

Kinkan80729bb 沢山の蜂がブンブンと花のまわりを飛んでいる。

キンカンの蜜は蜂の大好物のようである。

見慣れない花を見つけた。Tessen80726dd

蔓(つる)の上に咲く紫の花。

テッセン(鉄線、クレマチス)である。

日本には江戸時代に渡来した花で、鉄線のように強靭であると言うことからこの名前が付けられたという事である。

Mukuge80801cc_2 毎日飽きずにムクゲの花を眺めている。

この世にこんなに清楚な花があったのかと思う。

2008-07-26

山川草木の時代

テレビで養老孟子さんが次のような意味の事を言っていた。Hinode80724ff

<都市の生活をしている人は5感を使わないので、脳への刺激が1面的になり心と身体のバランスを崩してしまう。<脳>が都市、<身体>は田舎と考えよう。本来は一体のものなのである。だから自然の中に出て五感を開放して命のバランスを取り戻す事が大切である。その為には田舎と都市の生活を交互にミックスするような生活へ徐々に移行していくべきである。それがモダンな生き方なのである>。

その通りであると思う。

工業化、都市化の波にのって、田舎の男女が東京にあこがれて出てくる。

そういう日本列島改造論の時代はもう終ったのである。Kikyou80726bb

あれからもう36年。

1つの時代が終った。

これからは新しい時代が始まる。

キーワードは<sustainable、サステナブル、持続循環ができる>。

今度は都市の男女が緑の森と里山を求めて田舎にやってくる時代なのだ。

<山川草木の時代>がやって来たのである。

わたしの家では1匹のネコを飼っている。

クロちゃんである。

Fusafujiutsugi80726aa 彼女を見ているとおもしろい。

家の中にいる時はリラックスしている。

食べ物を食べたり、寝そべったりしている。

しかし一旦家の外に出ると耳をピンとそばだて、目はギラギラと輝く。

彼女の5感が開かれ、いっせいに活発に動き始める。

色々な危険に対して備えているのである。

クロちゃんは外では、ある意味で強い野生のネコに戻るのである。

そうして1日中外に出ていたクロちゃんは夕方、腹をすかせてまた家に帰ってくる。

都市と田舎のミックス。Bara80726cc

田舎の中に都市があり、都市の中にも田舎がある。

そういう環境が作り出せないものだろうか。

あれかこれかではなく<あれもこれも>。

頭脳と身体が一体になっていくやり方。

町と田舎が一体となっていくやり方。

これこそが日本の21世紀の姿なのではないだろうか。

幸いまだ遅くはない。

やれロハスとか、イングリッシュ・ガーデンとか言う前に、外国崇拝はいい加減に止めようではないか。

まず日本の良いところを自分自身で知ろう。

そして日本の歴史についても知っていこう。

それを生かした生き方をして行こう。

日本にはまだ沢山の森が残されている。

日本の森林率は66%余である。

これは先進国中フィンランドに次いで世界で2番目である。

水もまだ豊富にある。

森と水を生かした都市と田舎の<ミックスエコライフ>。

これこそ日本がこれから新たに作り出す超先進文化なのである。

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