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2007-05-16

伊都の国

久しぶりに九州に行ってみたくなり博多に飛んだ。

勢いのある博多の町をあとにして、わたしは日本最古の国、伊都国に行った。Nonohana3

前原市、早良、周船寺、今宿の地域である。

そこへ行って思った。

日本中が車社会に転換してしまった。

駐車場つきの大店舗が新開地区に一斉に展開。 

伊都の田舎に行っても、車道が整備され、幹線道路沿いには、同じようなチェーン店がどこまでも続いている。

それにつれて、旧来の古い町並みのある場所には人の気配が薄れていく。

この10年、日本中が車に適応して大変化を遂げているのである。

村や町や隣近所の付き合いは薄れ、自家用車で都市に通勤する人たちの住む個人ベースの生活スタイルが一般的になってきた。

自動車があればドアツードアでどこへでも行ける。

自動車の中では個人は自由である。

この快適さを味わうと、もう車なしの生活は考えられない。

どこへ行くにも車、くるまである。

更にインターネットが個人の便利なメディア・ツールとして生活の中に浸透してきた。

パソコンがあれば一人の個人が世界中の情報をアクセスし、なおかつ情報を発信できる。

Web2を使えば、電子メール、カレンダー、アルバム、住所録、文書とか表計算までもインターネット上に置き、それらを管理できるようになっている。

全部タダである。

ネット空間では、個人はどこまでも自由であろうとする。

もう一つの個人ベースのツールは<携帯電話>である。

このごろは携帯電話でもインターネットができるのでパソコンと携帯は融合しつつある。

<車とネットと携帯>。

この3つが個人の力をどんどん拡大しているのである。

時代は急速に変化していく。

ストレスがたまる事もあるだろう。

そんな時には、うしろを振り返るのも良いのではないだろうか。

筑前・前原駅の真ん前に貸し自転車屋を見つけた。

一日500円。

自転車を借りて、前原から周船寺を目指して出発した。

幹線道路から少し外れて山際に入る。

Marukumayamakofunn <丸隈山古墳(まるくまやまこふん)>がある。

古墳にのぼり、あたりを見まわした。

谷あいに点々と古墳が続いている。

前に今津湾。

後ろに高祖山(たかすやま)

美しい豊かな自然。

瑞梅寺川(ずいばいじかわ)や雷山川(らいざんかわ)が開いた肥沃な平野。

これが伊都の国である。

今宿に入った。

すぐ左手に大きな緑の山が見える。

行ってみると山の入り口に鳥居があり、石段がはるか上の方まで続いている。

右側に立っている石柱を見てアッと驚いた。

<今山石斧遺跡>。Imayama8

<これがあの有名な今山の太形蛤刃石斧(ふとがたはまぐりはせきふ)を作ったところなのか>。

時は弥生時代。

今からおよそ2000年前である。

Imayamasekifu この今山の玄武岩で作られた磨製石斧は北九州一帯で売られ、木を切り倒し田畑を拓く為に使われたのである。

ここは言うなれば石斧の大量生産工場であった。

今山の石斧は、その後、大陸から入ってくる青銅とか鉄の道具におきかえられていく。

ちょうど、私たちの生活が今急速にネット社会に突入しているように今山の石器は急速に鉄の時代に追い抜かれていく。

どんどん石段を登っていく。

急な坂を上る。

途中、色々な形の玄武岩がゴロゴロころがっている。Imayamanogennbugann

頂上まで来た。

ここから見る今津湾の眺めはすばらしい。Imazuwann

白い砂浜の先に<生の松原(いきのまつばら)>も見える。

むかし、神功皇后が新羅に出発する時に松の枝を逆さに挿して、帰還を祈ったという生の松原である。

セブンイレブンで弁当を買って、砂浜へ降りて食べた。

Nokonoshima 目の前には<能古島(のこのしま)>が大きく横たわっている。

日本神話によると、イザナキとイザナミが青銅の矛(あめのぬぼこ)を混沌とした下界に突き刺し、コオロコオロとかき混ぜて引き上げると、矛の先から滴り落ちた塩が積もり重なって島になった。これがオノゴロ島である。

2神はオノゴロ島に降り立ち、そこに天御柱(あめのみはしら)を建て、島々や神々を生み出した。

日本神話の青銅の矛を持ったイザナキ・イザナミの国産み・神産みの舞台となる淤能碁呂島(おのごろじま)。

オノゴロ島は普通、架空の島と考えられている。

しかし能古島は大陸から来た人たちが伊都の地に上陸する前の前進基地として最適な場所ではないか。

オノゴロ島は実は能古島(のこのしま)ではないか。

わたしはこころの中でつぶやいていた。

2007-05-14

ノスタルジア

遠い昔、自分が住んでいたアパート。

もう一度あの場所に行ってみよう。Tree5

そういう気持ちになった事があるのではないだろうか。

わたしが学生だった頃のあの小さなアパート。

あれはどうなったのだろうか。

忙しい毎日の仕事に追われて、すっかり忘れていたあのアパート。

週末に電車に揺られて、久しぶりに東京へ出てみた。

新宿にある街の一角に足を運んだ。

地下の電車の駅を降りて地上に上がる。

しかし、そこが一体どこなのか分からない。

あたりがすっかり変わっているのである。

ウロウロしているうちに、どこかで見た事のあるタバコ屋さんがあった。

突然、自分がいる場所が分かった。

あの角を曲がって少し行ったところ。

そこにわたしが住んでいたアパートがあるのだ。

でもその場所に建っていたのは、ピカピカの新しい戸建の家屋であった。

木造のアパートの影も形も今はない。

そのあたりを歩きまわる。

毎日の買い物をした商店街。

そこには未だ活気がある。

アッと驚いた。

風呂上りに何時も立ち読みをしていた<古本屋さん>。

それがまだ残っていたのだ。

金の無い時には、ここで本を売って夕食代にした。

台に座っていたおじさんも本にハタキをかけている。

中をのぞくと台所ではあのおばさんが夕食のしたくか何かをしている。

わたしはいつしか時を忘れていた。

一瞬、学生の頃の自分がそこにいた。

アッという間に過ぎ去って行った<時>。



東京は不思議な街である。

新宿の中心街はドンドン変化していく。

最新のトレンドを追いかける。

新しい大きなビルが建っていく。

車や電車の道路が建設される。

しかし表通りを一歩はいると、もうそこには庶民の生活の空間が広がっている。

ゴチャゴチャした狭い商店街の姿。

Shoutenngai3 それは変わらない。

そこには車が入り込めない。

だから何時までも昔の姿が残されていく。

古本屋さんのおじさんが台所のおばさんに話しかけている。

<ネエ、あの前の本、あれ800円で売れると思うよ>。

古本屋さんのうしろ姿を見ながらわたしはおかしさをこらえた。

夕暮れ時の空は澄み渡り、心地よい風が吹いていた。

2007-05-06

丸い小石

丸い石を川原から拾ってきて楽しんでいる。

手の中に握りしめる。Maruiishi

ボールのように投げては手の中に落として遊ぶ。

たあいもない遊びである。

でも何故かこれが楽しい。

夕方、渡良瀬川に自転車で行く。

太陽がやや西に落ちていくころ。

川原にでる。

大きな広い川原。

Kawahara せせらぎの音だけがサラサラと聞こえる。

広い川原には上流から流されてきた小石が一面に広がっている。

流れてくる途中、石と石とがぶつかって石の表面の角が取れて丸みを帯びている。

大きな石はぶつかるときに小さく砕ける。

だから河の岸に打ち上げられた石は、ほとんどが握りこぶし位の大きさになっている。

その何万、何十万個の石の絨毯(じゅうたん)の上をゆっくり歩きながら、これぞと思う石をみつけて手に取る。Kawahara22

これは良い。

これはダメ。

そうやってもう5個も石をひろってカバンの中に入れた。

カバンが大分重くなってしまった。

どんな石が良いのか。

どんな石がダメなのか。

それは説明できない。

石を見た感じ。

パッと見た印象。

その石を手の中に握った、その瞬間の感触。

それがすべてを決めるのだ。

なぜその石を選んだかって?

それは不思議な直感としか言いようがない。

そばの葦(あし)の茂みから雉(きじ)のなき声がきこえた。

<ケンケン・・・・>。



何でもない川原の石。

それを手の中で握りしめる。

何となくこころが暖かさに満たされる。

不思議な石のちから。

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