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2008-09-11

山川草木に合掌

わたしは元来、胃が弱く正露丸が離せなかった。

ラッパ印の正露丸がいつも台所の引き出しの中に入っていた。Kurinoki20080911bb

それを飲んで仕事に出かける事が多かったのである。

家内はそんなわたしの姿を、<また薬なの・・・>と心配そうに見ていた。

わたしの胃弱は母からの譲り物かも知れない。

思い返すと、毎日多忙な母にとって正露丸なしの生活は考えられないほどであった。

わたしも仕事の多忙さとストレスの中で正露丸依存症になりかけていたのかもしれない。

そんなわたしが今では殆ど薬を飲まなくなった。

何故だろう。

それは現役を退いて、田舎に移ってストレスがなくなったからではないかと思う。

わたしはもともとは田舎生まれである。Kyuurinohana20080911cc

生粋の都会人ではないのである。

だからいまは古巣に帰ってきたような気持ちがする。

周囲には山と川があり緑の自然に満ちている。

温度も都会と比べると2-3度は低い。

早朝、家のまわりをゆっくりと歩く。

霧のかかった山を見上げ、庭の木々や草花を見る。

秋ジャガイモの植わった小さい畑を良く観察する。

プランターのミニトマト、ナスビやキュウリに水をあげる。

夕方、庭をまわっているとそこここに赤とんぼが飛んでいる。

なつかしい。

少年だった頃に戻ったみたいである。

あの頃は数え切れないほどのたくさんの赤とんぼが稲田の上を飛んでいた。

佐々木小次郎のまねをして、竹棒を振り回しトンボを追いかけていたのを思い出す。

昨日は久しぶりの快晴である。

夜暗くなって、庭に出てみると澄んだ空にお月様が出ていた。

半月である。Higanbana20080911aa

あたりには虫の音がきこえる。

早速、双眼鏡を持ち出してお月様を見た。

半月の光と影の境目に大きなクレーターが輝いているのが見える。

月のすぐ横に宵の明星、金星が瞬いている。

夜の星を見上げたのは久しぶりである。

田舎ではまだ山や川や草木や星が生きている。

その片隅に生きている小さな自分がある。

虫の音だけがあたりいっぱいに響いている。

わたしは双眼鏡を首にかけたままいつしか月に向かって手を合わせていた。

2008-09-08

ジョージ・ギッシング

本屋さんで岩波文庫の棚の本を何気なく見ていると奇妙なタイトルの本があった。

ヘンリ・ライクロフトの私記>。Kakinoha20080904aa_3   

さっそく手にとってペラペラとめくって拾い読みをした。

<私は新しい生活へはいっていたのだ。それまでの私と、その生まれ変わった私との間にははっきりとした相違があった。わずか1日のうちに、驚くほど私は成熟していた。いわば、知らないうちに徐々に私の内に生長していた力や感受性を、私は突然はっきりと知るにいたったのである。その1例をあげるならば、それまで私は植物や花のことはほとんど気にもとめていなかったが、今やあらゆる花に、あらゆる路傍の草木に、深くこころをひかれる私であった。歩きながら多くの草木を摘んだが、明日にも参考書を買って、その名前を確かめようと考え、独りで悦にいっている私であった。事実またそれは1時の気紛れではなかった。そのとき以来、野の草花に対する私の愛情と、それらを皆知りつくしたいという欲望を失ったことはないからである。当時の私の無知ぶりは今から考えると真に恥ずかしいものだったが、要するに、都会に住んでいようが田舎に住んでいようが、とにかく当り前の人間のごたぶんにもれなかっただけの話である。春になって、垣根の下から手当たり次第に摘んできた5、6種の草の俗名を、はたして幾人があげることができようか。私にとっては、花は偉大な解放の象徴であり、驚くべき覚醒の象徴であった。私の目が突如として開かれたのである。それまで真っ暗闇の中を私は歩いていたのだ、しかもそのことに気がつかなかったのである。・・・>

わたしは驚いた。

それはわたしが体験してきた事ではないか。

急いで他のページを拾い読みする。

<”家”をもつということの、なんといいいようのない祝福感!30年間も想像をたくましくしてきたものの、いつまでも”わが家に住める”という安心感のうちに、なんというしみじみとした豊かな喜びが潜んでいるかということは、ついぞ私には理解できなかったものである。・・・われわれがわが家にすむとき、近くにあるあらゆるものに対していかにわれわれの愛情がわいてくることであろうか。私はかねてからいつもデヴォン州のこの1隅をいとおしく思っていたが、現在日1日と私の心のなかで強くなってゆく愛情と比べたらそれはものの数ではない。まずわが家だが、その1本の木、1個の石も、自分の1滴1滴の血のように親しみ深く感じられる>。Akijyagaimo20080904cc_3

これも、わたしが感じている事である。 

誰だろう。

この文章を書いたのは。

すぐに著者名を見る。

ギッシング作。

イギリス人らしい。

わたしは取りあえずすぐにその本を買い、急いで帰宅してインターネットでギッシングについて調べてみた。

ジョージ・ロバート・ギッシング(George Robert Gissing、1857-1903年)。

夏目漱石が生まれたのが1867年。

つまりギッシングは夏目漱石より10才位若いということになる。

という事は夏目漱石が学んでいたヴィクトリア朝末期の同じロンドンでギッシングも生活していたかもしれないのである。Kibanakosumosu20080901bb_2

“ヘンリ・ライクロフトは長い貧乏作家生活の後、突然、知人の遺産を得て、かねてから好きだったイギリス西部のダヴォン州の家で悠々自適の生活を送る。”

それが<ヘンリ・ライクロフトの私記>の背景である。

ギッシングはライクロフトという人物に託して、自分の理想とする老後の生活や信念、長い貧乏生活の思い出、美しいイギリスの自然などを春夏秋冬の4章の中に随想として書いたのである。

ギッシング自身は恵まれた老後を送ることはなかった。

彼は上記の本を出版して数ヵ月後に肺炎で亡くなっている。

わたしはギッシングというイギリスの作家の心根にこの作品を通して少しだけ触れることができたのではないかと思う。

そして都会を離れ田舎で生活しているライクロフトに今の自分をいつの間にか重ね合わせていたのに気が付いたのである。

2008-09-06

週末の散歩

今日は土曜日。

週末でゆっくりしている。

午後、自転車で散歩に行った。Akatonbo20080904bb_2

公民館の横を通り、広い田んぼの真ん中を突き抜ける農道を自転車で走る。

草が生えている狭い農道である。

耕運機の轍に自転車がのめりこまないようにバランスをとりながら走る。

ふと右側を見ると一面に豊かに実った稲の穂がサワサワと揺れている。

すばらしい稲田である。

とても気持ちが良い。

その向こうを見ると、私の好きな円錐形の山が見える。

あたかも緑のピラミッドである。

農道の真ん中にポツンと1本の大きな栗(くり)の木が立っている。

その木の下をゆっくりと走る。

沢山のイガグリが道に落ちている。

それをよけて走る。

農家の人がクワを担いで向こうからやってくる。

帽子を取って<こんにちわ>と丁寧(ていねい)に挨拶した。

少し行くとせせらぎの音が聞こえてくる。

橋を渡る。

石にぶつかっては砕ける川の水を橋の上からぼんやりと見つめた。

このあたりから上り坂になるので懸命にペダルをこぐ。

左側に立派な中学校の校舎が見えてきた。

山に囲まれた、自然豊かな学校で学べるというのは子供たちにとって大きな幸せである。

学校に子供たちの元気な笑い声があるかぎり日本の未来は洋々と開けていると思う。

自転車の上から私が気をつけて見るのは周囲の畑である。

色々な作物が育っている。

ナスビはすっかり背丈が大きくなった。

紫色のナスビが沢山実っている。

それから生い茂るサツマイモ畑が続く。Kaki20080901ee_2

マルチだけがかけてある畑もある。

何を作ろうとしているのだろうか。

あちこちの畑で目立つのは大きなサトイモの葉っぱである。

巨大な葉っぱがぎっしりと重なり合って続いている。

サトイモの葉っぱはこんなに大きくなるのかと目をみはりながら自転車のペダルをこぐ。

<畑ウォッチング>はとても楽しい。

散歩道に沿ってあちこちに民家がある。

その庭に植えてある花を見るのも散歩の楽しみの1つである。

<花ウォッチング>である。

塀にそって植えられている黄色のカンナの花やキバナコスモスが美しい。

マーガレット・コスモスもある。

反対側の道に沿って咲いているピンクの花はハナトラノオであろう。

たくさんのハナトラノオが1団になって咲いている。

自転車をバックさせて、もう一度じっくりと花を観察する。

出来ればそのうちの1本だけを掘り出して自分の庭に植えてみたいなという衝動にかられる。Kumo20080901gg

でもそれは良く考えるとドXXウではないか。

ドXXウはいけない・・・と再び自転車に飛び乗って散歩を続ける。

山の中の舗装された車道に出る。

でも車はほとんど通らない。

道は上り坂と下り坂が交互に混じっている。

上り坂をフウフウ言いながらこぐ。

下り坂では前から風を受けて猛烈なスピードで走る。

恐ろしくなるほどである。

まわりの山々にはうっすらと霧がかかっている。

雨が降り出す兆候である。

わたしは自宅を目指してペダルをこぎ続けた。

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